夏のこども K.T
乾は、意外に甘ったれで寂しがりやのようだ。少し前まで、乾にそんな一面があることを全然知らなかった。
名前の通りに、さらりと乾いた男なのだと、勝手に思い込んでいた。
もしかしたら、乾自身も気づいていないのかもしれない。
ひとりでいることを好むくせに、ひとりきりにされるのを怖がる。
なかなか手の内を見せたがらないけれど、こっちの奥深いところには踏み込もうとする。
わがままで、臆病で、自分勝手に優しい。
困った奴だと思いながら、どうしようもなく、惹かれてしまうのが悔しい。
「もう、帰らなきゃ」
乾は笑顔で呟くけれど、帰りたくないと目が言っている。
深い色の瞳に映る夕焼けの赤は、悲しいほど鮮やかだ。
多分、自分の目がそんな色に変化しているなんて、思ってもいないんだろう。
寂しいのは、お前だけじゃない。
帰りたくないのは、同じなんだ。
そう言葉にすると、どうしていいかわからなくなりそうで、黙っていた。
それでも、きっと伝わると思っていた。
だけど、乾の寂しさは乾のもので、手塚の苦しさもやはり手塚だけのものだ。
それがどれほど近い性質のものであろうと、まるっきり同じわけじゃない。
慰めあうくらいなら、同じ痛みをずっと抱えている方がいい。
その痛みが消えない間は、多分忘れずにいられる。
「行くか」という言葉に笑顔を返すのは、乾の優しさだ。
その笑顔も、その声も、届かない場所に行くことを決めたの自分自身だ。
後悔はしたくないし、そんなことにはならないと信じている。
胸が痛いのは、空を焼くような緋色のせいだ。
世界の終わりを告げるような、赤。
塞がらない傷からあふれるような、赤。
だから、きっと、こんなに胸が痛い。
でも、わかっている。
空が赤く燃えるのは、明日が晴れになるからだ。
恐れることはない。
どんなに世界が赤く染まっても、明日には青い空が広がることを、知っている。
数時間前に二人で見上げた青い色が、また明日、この世界を覆う。
それを思い描きながら、安心して、乾に背中を向けた。
2008.10.01
明日に続く今日を、手塚はとても大事に思っているはず。