距離
隣りで眠る誰かの気配で目が覚めた。部屋の中はしんと静かで、全部が青くぼんやりとかすんで見える。
まだ意識は半分くらい覚醒していなくて、眼に映るものを認識しきれていない。
だが、時計を見なくても、まだ朝早い時間であることはなんとなくわかった。
ここはどこだと思う反面、無意識に片手は誰かを探している。
自分の左手が毛布の中の乾の肘に触れた。
それでやっと、乾の右手が自分の腰の上に乗っていることに気づく。
目の前には静かに眠る乾の顔があった。
小さな子供のような滑らかな膚。
だけど、閉じられていてもわかる切れ長の瞼と顎からの頬にかけての鋭角な線は乾の年齢にはそぐわない。
15歳という半端な数字そのままのアンバランスさを乗せた顔は、どこか危なっかしい。
9月に入って二度目の週末を乾の部屋で過ごした。
夏休み中にも何度か泊まりには来たが、あのときはまだ寝苦しいほど暑くて、こんな近くで眠ることはなかった。
やっと涼しくなりかけた季節になって、自然とこの距離まで接近して眠っていたのか。
気づけばお互いの足がぶつかるほどに近い。
裸で眠ることに、ようやく馴れた。
以前は目が覚めるたびに驚いていたが、近頃では乾がこちらを向く前に服を着ようと焦ることはなくなった。
今は素肌に直接触れているシーツの感触や、乾の掌の温度を楽しんでさえいる。
不思議だと思う。
ただ触れるだけの唇や指先を気持ちがいいと感じてしまうことが。
ときには息をすることも忘れるくらい、ずっと唇を重ねている自分が。
こうやって目の前で穏やかに眠っている顔を見ていると、尚更にそう思えてしまう。
小さく息を吐きだす唇は、ただの唇でしかないのに。
だけど、夕べ何度も繰り返されたキスの熱はまだ冷め切らずに、自分の膚の上に残っている。
その痕跡も探せばきっとどこかにあるだろう。
本当なら怒るべきことなのだろうけど、今は少し嬉しいかもしれない。
同じことを乾にしてやろうか。
今なら、乾は気づかない。
そうっと唇を重ねたその後で、無防備に晒しているその首筋に、赤いあとをつけてやる。
まるで乾が自分にするみたいに。
そんなことを思ったら、胸の鼓動が高鳴り始めた。
やるなら今しかないかもしれない。
ごくりと息を飲んで、身体を少しだけ起こす。
なるべく静かに体重を移動して、顔を近づけた。
時間をかけて、ゆっくりと。
吐息がかかるくらいに近づいて、あと3センチで唇が触れる。
目を伏せようかと思った瞬間に乾と腕がぶつかった。
瞼がかすかに動いて眼が薄く開く。
声を上げる間も無く、乾の右手が伸びてきた。
首の後ろを大きな手が包んで、ぐいっと力が入る。
半端な姿勢で支えていた身体は簡単に乾の腕に収まってしまい、そのまま軽く抱きしめられた。
「ん」
低くて掠れた声は少し鼻にかかっていて──。
触れてきた唇は乾いていた。
軽く一度。
そして、続けて深いキスをもう一度。
軽い眩暈と、ぞくりとする快感。
唇を離した途端に、全身から力が抜けた。
同時に顔がかあっと熱く火照る。
朝っぱらからこのキスはないだろうと文句を言う前に、首を支えていた乾の腕がぱたりと落ちた。
「え?」
驚いて開いてしまった眼には、また規則正しい寝息を立て始めた乾の顔が映る。
寝たふりをしているのかと疑ってみても、肩にかかる重さは嘘ではない。
寝惚けていたのか?
安堵なのか未練なのか、自分でも判別のつかないため息が自然と洩れる。
寝惚けていたにしては、あまりに巧みで扇情的なキスに、苦笑のオマケまでついた。
肩に乗ったままの重たい腕を振り払ってやりたいのに、身体に力が戻ってこない。
キスひとつで腰が砕けた自分が情けなくて笑えてくる。
そんな自分の気も知らずに眠り続ける顔はなんだかやけに嬉しそうなのが、余計に腹立たしい。
いっそその鼻先に噛み付いてやろうか。
だけど、多分真っ赤になってるであろうこの顔を見られずに済んだのは不幸中の幸い。
そう自分を納得させて無理やり眼を閉じた。
2005.9.11
この間書いた「くちびる」が元ネタです。あれに対して「拍手」で、とても可愛いシチュエーションを送ってくださった方がいらしたのです。それをどうしても形にしたくて書きました。
自分からキスしようとしたら、逆に先を越されてしまう。そして爆睡する乾のとなりで悶々とする手塚。…可愛い…。きゅう…。
というわけで、萌えなネタを送ってくださった方。どうもありがとうございました。