眼鏡同士

「俺が脱がせていい?」

いちいちことわらなくていい。
前からそう言ってあるのに、乾は必ず脱がせる前に訊いてくる。
おかげでこっちは言いたくもない許可の言葉を口にする羽目になる。
「好きにしろ」というと、ほぼ間違いなく乾は笑顔を浮かべるので、もしかしたら返事をさせたくて、わざとそうしているのかもしれない。

乾は人の服でも、とても器用にボタンを外す。
向かい合わせになっていても、自分の服を脱ぐときのように、ごく自然に手を動かす。
もし、これが自分だったら多分乾の2倍くらい時間がかかるだろう。

ボタンを外し終えたシャツを肩から滑り落とし、乾は首筋に唇を這わせる。
同時に腰のベルトに手をかけてきて、少しずつ緩めていく。
最初の頃はそういうときどんな反応をしていいのかわからず、つい身体をこわばらせてしまっていた。
今はもう黙って乾にすべて任せてしまえばいいとわかっている。
腰を少し浮かせると、するりと全部を持っていかれた。

だけど、まだ顔には眼鏡が残ったままだ。
いつもは眼鏡から先に外すのに。

同じように眼鏡をかけた乾が唇を寄せてくるので、塞がれる前にそっと胸を手で止めた。
「一度訊きたいと思っていたんだが」
「ん?何」
乾の大きな掌が背中を包む。
「どうして時々眼鏡を最後に残すんだ?」
「気になる?」
「なる」
乾以外の人間と寝たことがないので、「普通」がどういうものかはわからないが、この状態があまり自然だとは思えなかった。

「だって、外したらよく見えないだろ」
まだ部屋の中が明るいうちは眼鏡をかけていたい。
そう言って乾は薄く微笑んだ。
「かけたいならお前だけでいいだろう。俺はいらない」
「恥ずかしいの?」
にやりと笑う顔を黙って睨み付けてしまったのでは、肯定したも同然だ。

意地の悪そうな笑顔が不意に優しい表情へと変化する。
背中を支えていた手がすっと動き、耳の後ろから髪の中へと指を滑らせた。
乾の長い指がゆっくりと髪を梳いていく。
その感触に背中がざわめいた。

「俺はちっとも恥ずかしくない」
声を落として、乾は静かに言葉を刻む。
「手塚に俺を見て欲しい」
暮れる寸前の夕日が部屋の中をオレンジ色に変えていった。

「俺のことを見ている手塚を見るのが好きなんだ」
離している間も乾の手は止まらず、ずっと髪を撫でている。
「手塚の目に俺しか映っていない。それがすごく嬉しいんだ」
少しだけ見上げた眼鏡の奥にある黒い瞳には確かに自分がいる。
そして、見つめ返してくる顔は言葉通り本当に嬉しそうで。

咄嗟に手を伸ばし、乾の眼鏡をすばやく取り上げた。
「あ、こら。駄目だよ、返して」
取り返される前に、両腕で乾の首を抱いて視界を遮った。
これで乾はもう何も見えない。

きっと、火照り始めた今の自分の顔には、乾が好きだとはっきり書いてある。
そんなものを見られるくらいなら死んだほうがましだ。

「手塚」
困ったように笑う乾の声はとても優しかった。

2006.02.21

裸眼鏡祭記念。

はずかしいいいいいいいいいいいい。