春三番 (前編)
毎年、桜の開花宣言のニュースが流れ始めると、もうそんな時期かと驚かされる。一年は長いようで、過ぎてみるとあっという間だ。
この春、東京の桜は、例年よりもかなり早い時期に咲くと予想されていた。
結局、それは気象庁の計算ミスだったとかで、関係者がお詫びの会見を開いていた。
いつ開花するかが、そんなに大ごとなのかと首を捻りたくなった。
よほど、日本人は桜が好きらしい。
それでも去年より八日早く咲いた花を見ると、春の訪れを実感してしまうのだから、人のことは言えない様だ。
桜の花は、いつもある特定の人物を連想させる。
三学期は短い期間に行事がつまっているので、学年に係わらず何かと忙しい。
手塚とゆっくり顔を合わせる暇もないまま、学期末を向かえ、やっと二人きりで会えたのは春休みに入ってからだった。
せっかく手塚の顔を見るなら、桜の花の下がいい。
公園で待ち合わせをしてから、映画でも見に行こうと持ちかけたら、手塚も二つ返事で承諾してくれた。
勿論、そこでは既に桜が咲いていることは確認済みだ。
待ち合わせ場所はそれなりの人出だったが、遠くからでも、桜を見上げて佇む手塚の姿だけは良く見えた。
背が高いからというだけでなく、手塚は存在感そのものが人とは違うので、どれだけ大勢の中にいてもすぐに見つけられる。
どう説明したら、いいだろうか。
手塚の周りだけ空気が澄んでいるような感じがする。
澱んだ水の中に、清水が湧き出るように、手塚の周りだけが鮮明に浮かび上がってくる。
だから、目の悪い俺でも、手塚を見間違える心配はいらなかった。
綺麗という言葉がこれほど似合う男を、他に知らない。
前編のみアップ。