うさぎ
「手塚はうさぎに似てるよね」ケージの中に居るのは真っ白でふわふわの小さな生き物。
片手に簡単に乗るくらいの生まれて間もない仔うさぎだった。
柔らかそうな毛からピンクの地肌が透けて見えている。
つぶらな赤い目とぴくぴく動く鼻先は、いかにも頼りなく愛らしい。
そんなものと、この俺のどこが似ているのか?
「意味がわからない」
乾がわけのわからないことを言い出すことにはかなり慣れたつもりでいたが、どうも自分は根本的に乾の思考の飛躍には付いていけないようだ。
「よく似てるよ」
乾は持ってきた一眼レフタイプのデジタルカメラで、もこもこと集る仔ウサギの塊を嬉しそうに撮影していた。
乾から動物園に行こうと電話で誘われたとき、自分のほうが聞き間違いをしたかと手塚は思った。
だが、乾は間違いなく自分を動物園に誘っている。
「久しぶりだろ?動物園なんて。たまにはああいう場所もいいんじゃないかと思ってね」
動物を見るのは確かに嫌いじゃないし、中学生が動物園に行ってもおかしくはないかもしれない。
それにしてはやや規格外のサイズと老けた見た目の自分達がそこにいるところを想像すると、あまりいい感じはしないのだが。
「よりによって動物園か?」
休日に乾と会うことに異議はないが、何もわざわざその場所を選ぶこともないだろうに。
「駄目かな。楽しいと思ったんだけど」
「少しは冷静に考えてみろ」
電話の向うで乾はくすくすと笑い出した。
「大丈夫。メモでも取りながらカメラなんか構えたら、きっと何か課題でもやってると思ってくれるさ」
どこの誰がそんな都合のいい解釈をしてくれるんだと思ったが、結局いつのまにか乾のいいように話が決まっていた。
大体言うだけ無駄なのだ。
乾がやりたいと言ったことに逆らえたことなど、一度だってないのだから。
久々に訪れた動物園は、手塚の記憶にあるものとは大きく違っていた。
小学生の頃には何回も遊びに来たはずだが、幾度かの改装で手塚の知る場所とは全然違うところのようだ。
乾は父親のを勝手に持ってきたといって、大きなカメラを手にしていた。
一見すると普通の一眼レフのようだが、これでもデジタルカメラなのだという。
「結構高いカメラなんだけど、使ってるところを見たことがない」
だから自分が使って元を取るのだと、乾は笑っていた。
そうして、どんな動物にもやたらと詳しい乾の解説付きで園内を回るうちに、手塚もそれなりに楽しんでしまっていた。
一通り回ってそろそろ帰ろうかというときに、乾はある一角を指差した。
「あそこに寄っていかない?」
「なんだ?」
乾に手招きされて後をついていくと、金網で覆われたその場所にはちゃんと入口があった。
どうやら中に入ることが可能らしい。
「この中の動物には直接触れるよ」
言われて入ってみると、乾の言う通りに中には色々な動物が放し飼いになっていた。
小さなヤギや変わった柄の鶏が歩き回ったり餌を食べたりしている。
どの動物も人に危害を加える心配のない動物ばかりで、小さな子供は孔雀やうさぎを追い掛け回していた。
「手塚、ほらこっち」
乾が呼ぶ方向を見ると、腰くらいの高さの台の上に幾つかのケージが並べられていた。
その中にいるのは、おそらく生まれたての仔うさぎばかり。
あまりに小さいので、きっとこれだけは放し飼いにせず別にしてあるのだろう。
「可愛いね」
「そうだな」
こういう動くぬいぐるみのような動物は掛け値なく可愛い。
自分たちばかりでなく、ケージを覗く誰も彼もが目を細めて『可愛い』を連発していた。
そこで聞かされたのがさっきの台詞。
納得がいかずに、手塚は眉を顰めて乾を見返した。
「俺はこんなに耳が長くないし、全身が毛に覆われてなんかいないぞ」
「尻尾もないしね」
乾は悪びれもせずににっこりと笑っていた。
午後のやや傾いた陽射しはぽかぽかと暖かい。
「知ってるか?手塚」
動物園の帰り、近道をするために公園の中を突っ切っていたら、乾がまたそんなことを言い出した。
「うさぎってさ、あれで結構凶暴なんだよ」
「…しつこいな、お前」
「白いし、鳴かないし、気まぐれだし、言うこと聞かないし」
「何が言いたい」
手塚が睨んでも、乾は気にする様子はない。
それどころか楽しげに笑っていた。
「そのくせ、撫でられるのが好きだし」
その台詞だけ、声のトーンが違っていた。
「…うさぎに触ったことある?すごくさわり心地がいいんだよ」
乾はにやりと唇の端を上げた。
「それに、うさぎは一年中発情期」
「俺はうさぎじゃない」
そう言って乾に背を向けた。
急ぎ足で歩いても、乾はすぐに追いつく。
「この後、俺の部屋で撫でさせてくれると嬉しいんだけどな」
わざわざ耳のすぐ傍でそんなことを言う馬鹿に付き合ってやるつもりなんかなかったのに。
多分何をどうあがいても無駄なんだろう。
駅に着いた乾が勝手に同じ行き先の切符を二枚買うのを止めなかったのがいい証拠だ。
せめてもの仕返しに、うさぎの真似をしてその手に思い切り噛み付いてやろうか。
2005.03.17
珍しく暇な日曜日。健全に動物園でデートのふたり。…可愛いといえば可愛いけど、変といえば変。…ていうか、悪目立ちすること間違いないだろうなあ。
えっとですね、以前絵チャット中に手塚はうさぎだという話題で盛り上がったことがありまして(笑)。うさぎを飼っていらっしゃる方が共通点を挙げてくださったのですが、うん、確かに手塚かな。その部分はそっくりつかわせていただきました。無断でネタにしてすみませぬ…。
これ、絵をつけようかと思ったんですが「うさ耳」はどうかと思ったのでやめました。ちょっとね…恥ずかしいです(笑)。