指先の天使
昔から、小さくて華奢な生き物が苦手だった。小鳥やハムスター。
生まれたばかりで目も開いていない猫。
どの生き物も、柔らかくて小さくて、あぶなっかしい。
そういうものが近くにいると、なんだか不安になってくる。
少しでも力をいれたら、壊してしまいそうで、手で触れることが出来なかった。
見るだけなら、可愛いとは思う。
ふわふわした小さな生き物に、和む気持ちも理解できる。
だが、不安感の方が、上回ってしまうのだ。
そのせいだろうか。
今まで、つきあった相手に小柄な子は、ひとりもいない。
人に話すと、それはまったく別な話だというけれど、自分自身は無関係だとは思えなかった。
今、自分の一番近くにいるのは、手塚だ。
物理的な距離だけでなく、気持ちの上でも。
そして、きっと手塚にとっての乾も、そういう存在のはずだ。
手塚は、背は高いけれど、体重は軽い。
人のことは、あまり言えないが、先に背ばかりが伸びて、まだ筋肉がついてこないのだ。
それでも、女性とはまるで違う硬質な骨格は、壊れ物のようには見えない。
だから、乾でも、素肌に触れることができた。
初めて腕の中におさめた手塚の身体は、とても細かった。
部室で着替えるのを何度も見ていたから、驚きはしない。
だけど、ふたりきりの部屋の中で裸で抱き合えば、恐れみたいなものは、どうしても感じてしまう。
だって、今から、自分は手塚を抱こうとしているのだから。
見ているだけではわからなかった、皮膚の薄さや、浮き上がった鎖骨の硬さ。
スポーツをやっている男にしては、かなり華奢な部類だと言って間違いない。
抱いてしまって、本当にいいのか。
無理を強いることにならないのか。
そんなことを嫌でも考えてしまう。
でも、抱き返してくる腕の力が、手塚が、弱い生き物ではないことを教えてくれた。
しなやかで、強い二本の腕は、しっかりと背中に回される。
同じように、乾も手塚の身体をつかまえた。
手塚が細いのは、華奢だからじゃない。
無駄を全部そぎ落として、要るものだけが残っているからだ。
だから、きっともう、怖がらなくていいのだ。
強く強く抱いても、手塚は壊れない。
同じか、もしくはもっと強い力で、手塚は応えてくれるだろう。
目が覚めたとき、手塚は、乾のとなりで毛布に包まって眠っていた。
閉じた瞼の形が、とても綺麗で、しばらく黙って寝顔を見つめてしまった。
ふと気づくと、毛布の端から、手塚の指先が覗いている。
きちんと短く揃えられた爪は、小さな子供みたいな薄桃色をしていた。
爪くらいなら、薄くて壊れやすくても、そんなに嫌じゃない。
すべすべした手塚の指先は、とても触り心地が良かった。
2009.12.11
誕生日祭の最中に思いついた。
小さなものを怖がる乾はかわいいなと思いまして。