■イブ−朝の風景−
よく晴れたイブの朝。
その日は、テレビのニュースの話題から一日が始まった。

手塚が朝のシャワーを済ませリビングに戻ると、起きたばかりらしい乾がテレビのニュース番組を見ているところだった。
「あ、おはよう」
乾はテレビのリモコンを持ったままだ。
「早いな」と答えると、
「楽しいことがある日は早く起きれるんだ。小学生と一緒だね」と笑う。

そして、コーヒーを入れる準備を始めながらもう一度口を開いた。
「手塚。クローン猫誕生ってニュース、もう見たか?」
「ああ、さっきな。元々飼っていた猫のDNAを使って、という話だろう?」
「そうそう。すごいね。もうそんなビジネスが実際に成立してるんだ」

乾は話を続けながら、慣れた手つきでコーヒーを落としていく。
これは手塚には出来ない芸当だ。
手塚は1点集中型で、何かを真剣にやろうとするとそれ以外は何も出来なくなってしまう。
途切れることなく話し続け、同時にプロ並みに旨いコーヒーをいれるなんて自分は一生かかっても出来ないだろうと思う。

「値段がすごいよね。500万以上って簡単に出せる金額じゃないな」
乾は余程このニュースに興味を引かれたのか、話題を変えようとしない。
「他人には軽軽しく高いとか安いとか言えないな」
「そうだな。飼い主にとってみたら、それこそかけがえのない存在なんだろうし」
手塚は髪を拭いていた手を止めた。

「だけど、同じではないだろう?」
「ん?その猫と元々の猫?」
「そうだ。DNAが一緒と言っても既にそれは別の存在だとしか俺には思えない」
「手塚は、クローンは欲しくない?」
乾はいれたてのコーヒーをカップに注ぎ、表情を伺うように手塚を見た。
「いらない」
「手塚ならそう言うだろうと思った」
カップを手にして、乾はくすりと軽く笑っていた。


「さっきのクローンの話だけどね」
またか、と手塚はフォークを持つ手を止めた。
「生後八ヶ月の手塚のクローンなら、俺も欲しいな」
「八ヶ月なんて赤ん坊じゃないか」
手塚が眉を顰めると、乾は余計に楽しそうな表情になる。
「そうだよ。だからいいんだ。赤ん坊の手塚を俺の理想通りに育てるのさ」
「お前に育てられるわけがないだろう」
手塚が食事を再開させると、乾もくすくす笑った後でフォークを動かし始めた。

「確かにね。それに、例え手塚と同じDNAでもそのクローンが手塚になるわけじゃない」
待っても手塚の返事が帰ってこないことを確かめたのか、乾は先を続けた。
「手塚が今の手塚になったのは、手塚自身の意思とか経験の結果だからね」
「意思、か?」
「そうだよ。俺は手塚の顔がとても好きだけど、手塚が20数年かけて手塚自身が作ってきた顔だから好きなんだ。手塚の外見と手塚の内面は切り離せるものじゃないんだよ」
乾は真っ直ぐに手塚を見ていた。
口調はいつもの雑談をするときと少しも変わらなかったけれど、瞳の色合いは深く優しい。
「手塚は一人しかいない」

お前だって同じじゃないか。
お前の代わりはどこにもいない。

そう答えたかったが、自分でも驚くほど胸が詰まって言葉が出なかった。
なんで食事時なんかに、そんなことを言うんだと手塚は思った。
油断しきった状況で「告白」に近い言葉を吐かれては、ひとたまりもない。
かけがえのない存在と言ってもらえた嬉しさは、その量に見合った切なさも伴っていて、何の準備もしていなかった自分には言葉を返すことが出来ない。

そんな気持ちを口に出して言えない自分が情けなかったが、自分を見つめる乾がとても嬉しそうだったので、伝えたいことはちゃんと届いているのだと手塚にもわかった。
だけど、いつまでもそれに甘えていたくない。
乾から貰うものが多すぎて、利息ばかりが増えすぎる。

手塚はゆっくりと呼吸を整えてから、静かに口を開いた。
「乾。知っているか?」
「何を」
「お前は俺といるときだけ、見せる顔がある」
「そう?」
「俺はその顔が一番好きだ」

乾は開いていた唇を閉じて、しばらく黙り込んでいた。
それから困ったように自分の頭をくしゃくしゃとかき回して──。

「なんで今、そんなことを言うかなあ…」
とぼそりと呟いた。

さっきまで自分が思っていたことを乾に言わせることが出来たので、手塚はやっと笑うことが出来た。

これに懲りたら、朝食の最中に無闇に人を揺るがせるような台詞を吐くな。
もっとふさわしい場所と時間があるだろう。

そう言ったら、乾の耳はもっと赤くなるだろうか。
2004.12.27
うわーん…。終わらなかった…。実はこれ、まだまだ途中。夜の二人はまた後日アップできるように頑張ります。
…夜って、まあ「夜」ですよ(笑)。そんなシーンも出てきます。多分ね。

「クローン猫」のニュース、ご覧になった方も多いでしょう。すごいですね。倫理的な問題があるだろうとは思いますが、そういう技術が進歩していくこと自体はすごいと思うのです。ペット産業に利用することの是非はともかく、絶滅寸前の動物を増やすにのは有効な手段になるかもしれません。たまにはまじめなことも考える。