■イブ前夜
手塚効果は絶大だった。

残業から帰ってきたら、居る筈のない手塚がいた。
しかも俺が脱ぎ捨てていった俺のパジャマを着て眠っているというオマケ付き。
最近ではオマケの方が豪華というのは良くある話だ。
俺のパジャマを着る手塚が俺を抱きしめてくれるという幸運は、最近にない深い睡眠を俺にもたらした。

時間で言えばそう長い眠りではないのだが、その日は朝から笑い出したくなるほど寝覚めが良かった。
手塚が隣りにいるっていうのは、こんなに違うものなのか。
俺の横で、まだ眠そうな顔をする手塚に軽いキスをしてからベッドを抜け出した。

いい朝だ。
手塚が帰ってきただけで、そう思える自分がおかしくてしょうがない。
俺はてきぱきと朝の支度ををして、山のような仕事が待っていることも気にせず会社に向かった。

手塚効果は会社でも覿面だった。
あれほど疲れていたはずなのに、目の前の仕事がやたらと順調に片付いていく。
元々仕事を楽しんでやるタイプではあるが、こう捗るとますます面白くなってくる。
気がつくとそんな調子で数日が経ち、23日の祝日をちゃんと休むことが出来るだけでなく、24日には無理矢理有給を取ることに成功した。
この時期には奇跡ともいえる4連休。
手塚効果の凄さを改めて思い知った。

23日は朝から手塚と二人、ゆったりと過ごしていた。
ようやく落ち着いて会話をして、時間をかけて食事をして、二人ソファに並んで座ってテレビを見る。
どうということのない、ありふれた日常。
それを手塚と味わえることが嬉しい。

「本当に、明日は休暇を取るのか?」
手塚はテレビから視線を外して、俺を見た。
「ん?取るよ」
「いいのか?仕事は大丈夫なのか」
「いいんだ。今月に入ってまともに休んでないからね。それくらいは許されるさ」
俺がそう言っても、まだ納得出来ないような表情の手塚に俺は笑って見せた。
「心配要らないよ。ちゃんとやるべきことはやってきたから」
少しは安心したのか、手塚はまたテレビに視線を戻した。

「それより、明日のイブのことなんだけど」
「何だ?」
手塚は首を捻って、俺の顔を見返す。
「家で静かに過ごすってことになりそうだ」
「俺はそれでいい」
イベント事にあまり興味のない手塚はそう言うだろうと思っていた。
俺も本当はどうでもいいのだが、それにかこつけて手塚と一緒に何かしたいだけなのだ。

今年のクリスマスは仕事に追われているうちに、密かに狙いをつけていたレストランの予約を取り損ねてしまった。
だが、今回に関して言えば俺も手塚と同じ気持ちだ。
会えなかった時間を埋め合わせたいし、家で二人ゆっくり過ごす方がいい。

手塚さえいてくれれば他に何もいらないなんて、歯の浮くような台詞をここで言ったら手塚はどんな顔をするのか。
それを想像すると、頬が揺るんだ。

「何をニヤニヤしてるんだ」
「これが地顔です」
俺が答えると、手塚はふんと鼻で笑う。
手塚にはある程度の予測がついているらしい。
鈍いと思ってた手塚でも、流石にこれだけ長い時間一緒にいると色々見えてくるのだろう。

「さて、明日に備えてそろそろ寝ようか」
立ち上がった俺を、手塚が見上げる。
「明日の何に備えるんだ?テニスでもするのか」
「聞きたい?」
立とうとする手塚の肩に手を掛けて唇を合わせた。
「いや、今は止めておく」
手塚はかすかに唇の端を上げて微笑んだ。


ベッドの中にいる手塚は、淡いグレーのパジャマを着ていた。
手塚の着るパジャマは大抵薄い色ばかりだ。
俺の濃い青のパジャマを着て眠る手塚は俺の目にはとても新鮮だった。
残念だが、きっと手塚はもう絶対あんなことをしてくれないだろう。

眼鏡を外して、枕元のスタンドを点ける。
替わりに部屋の灯りを落とす。
それから、隣りに横たわる手塚のパジャマのボタンをひとつだけ外して、手を止めた。
どうしたのかと言いたげな顔をする手塚に覆い被さった。
少しだけ開いた胸に唇を這わす。
そして、そこを軽く吸い上げると、手塚が小さく声を上げた。

手塚から身体を離して、手塚を見下ろす。
左の鎖骨のすぐ下。
白い肌に残した赤いあと。

「あとをつけたのか」
手塚が軽く俺を睨む。
「明日の予約のサインだよ」

俺を睨む目が、少し和らいだと思ったけれど。



10秒後、俺の右の胸にもにも同じようなあとをつけられた。
2004.12.25
クリスマスイブの前夜。相変わらずのバカップル。

明日、続きをアップ出来るといいなあ…。大丈夫かなあ…。えへ。