■「普通の一日」オマケ
最近は夜になると気温がすうっと下がり、夏頃にはシャワーを浴びるまでまとわりついていた汗はすぐに引いてしまう。
無意識に体温を求めてしまったのか、手塚が乾の胸に寄り添うとすぐに大きな掌が肩を包み込んでくれた。

目を開けば、少し眠そうな表情で自分を見つめる乾の顔がすぐそこにある。
手塚は左手の指先でそっと乾の額に触れた。
「ここを怪我していた写真があったな」
「怪我って程じゃないけど」
乾はふっと軽く笑う。

「うちの親は何を考えていたのか、そんな写真がいっぱい残ってるんだよな」
「確かに…色々あった」
乾の言うとおり、アルバムの中にはお決まりの入学式やら運動会の写真だけでなく、普段の乾を映したものが沢山収められていた。

笑っていたり
膨れ面だったり
眠っていたり、
肘や膝にカサブタを作っていたり。
おたふく風邪にかかったらしい写真さえ残っていた。

「でもそういう写真のほうが後から見るには楽しいんじゃないか?」
余所行きの澄ました顔の写真ではなく、ありのままの普段の姿を見ることが出来るほうがずっと価値があると手塚は思う。

「うん。それはそうだな」
手塚も楽しんでくれたみたいだし、と乾はくすくすと笑っていたが、ふと表情を変えた。
「ところで、あの写真はどうするつもりなんだ?」
「どうする、とは?」
「まさか、写真立てに入れたりするわけじゃないだろう?」
と唇の端をあげる。

「日記か、気に入っている本に栞代わりに挟もうかと思っているが」
その言葉を聞いたとたん、乾は目を細めて黙り込んだ。
「手塚…もしかして…見たな?」
手塚はわざと返事をしない。

「勝手に見るなんてマナー違反だ」
「偶然だ。俺が悪いわけじゃない」
と手塚がちらりと乾を見上げると、乾はこれ見よがしに大きく息を吐いた。


あれは一月ほど前のことだ。
乾は仕事でまだ返ってこない時刻。
手塚は辞書を借りようと乾の部屋に入った。
本棚には雑然と本が詰め込んであり、手塚が目的の辞書を引っ張りだそうとすると無理に押し込めれていた本が一緒に崩れきてた。
どさっと音を立てて落ちた本を拾い集めているとき、そのうちの一冊から写真らしきものの角がはみ出していることに気がついた。

しまった、と手塚は焦った。
写真が折れてしまったのではないかと、すぐに本を開いた。
そこに挟まれていたのは一枚のスナップ写真。
そして映っているのは。

俺だ。

夏服の白い開襟シャツを着た自分がそこにいた。



名札が見えないからはっきりとはわからないが多分中2か中3くらい。
写真の中の自分はカメラの方でなく、遠くを見つめるような目をしている。
おそらくレンズが自分に向けられていることにも気づいていなかったのだろう。
手塚自身、この写真に見覚えがない。
乾本人もこんなところに手塚の写真があることを忘れているかもしれない。
たまたま持っていた写真を挟み込んで、そのまましてしまうなんてよくありそうなことだ。

そんな風に考えてみても、いつしか自分の顔が少し熱くなっていることに気づいていた。
他の誰かならともかく、この写真を持っていたのは乾なのだ。
そして、この写真が挟まれいた本はとても中学生が読むとは思えない専門書で。

手塚は、自分の写真をもう一度丁寧に本に挟んでから、静かに本を閉じた。
そして乾にばれないように慎重に本棚を片付けることを忘れなかった。



「全然気づかなかった」と乾は苦笑していた。
「普段からちゃんと片付けないからだ」
「そうだな。気をつけるよ」
乾はくすりと笑うと手塚の肩を包んでいた手に少し力を込めた。

「あの写真は隠し撮りなんだ」
「そうなのか」
「すごく好きな表情だったんで、ずっと持ってた」

手塚は乾の腕の中で、静かに頷いた。

あの写真が撮られたのはもう、ずっと過去の事だ。
それを今まで乾は大事に持っていてくれた。
長い時間をあの写真は乾と共に過ごした。

自分が傍にいなかった時間も、あの写真は乾の近くにいた。
それが少し羨ましくさえ思う。

きっと、自分も乾がくれたあの写真をこれから先、決して手放すことはないだろう。
繰り返し眺める度に、暖かい気持ちになれる。
手塚はそう確信していた。
2004.1018
オマケの話です。えっちのあとでイチャイチャしてます。

乾が隠し持っていた写真に手塚が気づくっていうのは、ずっと前に思いついていたんだけど、書くきっかけがつかめなかったのです。丁度いいやってんで、書いてみました。