■LONG DISTANCE CALL
窓から入る風が少しだけ涼しくなった。
昼間締め切っていた部屋の空気も入れ替わったようなので、手塚は全部の部屋の窓をひとつずつ締めていく。

冷蔵庫の中をチェックして、簡単に掃除を済ませ、時間を確認する。
乾が帰ってくる予定の時刻まで一時間くらい。
あとはゆっくり待っていればいい。
手塚はコーヒーでも飲もうとキッチンへ向かった。

乾が出張に行ったのが丁度一週間前。
その間、手塚は自宅に戻っていた。
それでも1日一度は必ず乾のマンションに立ち寄っていた。

簡単な掃除や洗濯、空気の入れ替え、ゴミの処理。
乾に頼まれたわけではない。
自分が勝手にしたことだ。
そんなことが自分に出来るとは思ってもいなかった。
だが、結局乾が帰ってくる今日までそれは続けられた。

冷静に自分の行動を顧みると赤面物だと思う。
第一、たった今傍にいない人間のことを思いながら、こうやって待っている時間を楽しんでいること自体が照れくさい。

間違いなく自分は変化している。
以前とはまるで違う人間になったみたいだ。
だがそれは決して悪い気分じゃない。

そんなことを思っていたら、テーブルの上に置いてあった携帯電話が鳴り出した。
液晶に表示された文字は予想通り。
手塚は左手を伸ばした。

「もしもし」
「あ、俺。今、いい?」
「ああ、大丈夫だ」
「手塚、今どこにいる?」
「お前の部屋だ」
「来てくれてたんだ。ごめん、帰るのは予定より遅くなりそうだ」
「別に構わない。ゆっくり帰って来い」
「うん。ありがとう」
手塚は話ながら椅子を引き、そのまま腰を下ろす。


「お前は今どこだ?」
「ちょっと疲れたんでパーキングエリアでコーヒーを飲んでた。」
「無理はするな」
「わかってるよ。安全運転で帰るから心配しないでくれ」
乾がくすりと笑うのがわかる。その声がちょっとだけくすぐったい。

「あと、2時間てところかな」
「じゃあ、9時近いな」
手塚は時計を見ながら答えた。

「うん。そんなところ」
「わかった。何かしておくことがあるか?」
そう言うと、乾は少し間を空けてから返事をした。

「ひとつあるんだけど…いい?」
「何だ?食事の支度でもしておけばいいか」
「そうじゃなくてさ」
電話の向こうで、乾は囁くように笑う。
その表情さえ目に浮かぶようだ。

「手塚がこっちに戻ってきてから丸々一週間も会わなかったのって、初めてだろう?」
「…そうだったか?」
「そうだよ」
乾の声が甘く低く響く。

「寂しくて死にそうなんだ」
「ふざけるな」
「本当だよ。手塚に会いたくてしょうがない」
「あと2時間もすれば会える」
手塚は意図的に冷たく答えた。
乾の言葉を聞いて、鼓動が早くなり始めたことを悟られないように。

「わかってるけど、もう限界ギリギリなんだ。手塚に触りたくてたまらない」
「…馬鹿か?お前、どこでそんなことを話してるんだ?」
「今は車の中だよ。駐車場だから安心して」
焦る手塚を見透かしてか、乾はくすくすと笑っている。

「触りたいって意味わかるだろう?」
「知るか」
「ねえ、手塚」
強請る声が、耳だけでなく身体に響く。

「俺のこと、ベッドの中で待っててくれないか。勿論服を脱いで」
「…何の…冗談だ」
「俺は自分の鍵で勝手に入るから、出迎えてくれなくていい。手塚は裸でベッドの中にいて欲しいんだ」
「嫌だ」
「頼むよ。もう限界だって言っただろう?少しでも早く手塚を抱きたい。それで頭が一杯なんだ」
「嫌だと言ってる」

そう答えながら、声が震えていないかと不安になる。
触りたいとか、抱きたいとか言われる度に背筋がぞくりとする。

「俺はそのつもりで帰るから。頼んだよ」
「絶対やらないからな」
最後まで言い切る前に電話は切れた。

なんて奴だ。
手塚はパタンと電話を閉じると同時に息を吐いた。

あいつはわかって言っているのか?
乾に抱かれる準備をしながら、一人切りでもうすぐ乾に抱かれる自分を想像していろと?

そんなことが出来るはずがない。

確かにそうしたら、乾のことしか考えられないだろう。
嫌でも乾に抱かれたくて、乾が欲しくて仕方なくなるだろう。
そうなる自分は簡単に予想がつく。

いや、もう既に今の自分はあいつの手の内だ。
こうして、乾の言う通りになんか絶対にしないと思いながらも、身体中が乾を待っている。

手塚はゆっくりと立ち上がると寝室のドアを開けた。
ついさっき自分が整えたばかりのベッドが目に入る。
その上に身体を投げ出し手塚は呟いた。

一言「馬鹿野郎」とだけ。
2004.08.15
オフリミ番外編。実は最初はテレフォンセッ○スを書こうかと思ったんです。でも流石にそれは書けそうにないので、電話でえっちなことおねだりする乾を書こうと思いついたのがこれ。えっちかな?えっちだと思ったんだけどな(笑)。
これの続きに当たる乾サイドは明日以降に。