■LONG DISTANCE CALL2
ドアの前でもう一度時間を確認する。
午後9時15分。
自分が電話で予告した時刻を30分ほど過ぎていた。

乾はポケットから部屋の鍵を取り出し、ゆっくりと差し込む。
がちゃりと鍵の回る金属的な音を聞いてから静かにドアを開いた。
玄関には灯りが付いていたが、靴を脱いでいる間にもリビングから人が来る気配はない。

ここまでは電話で話した通りだ。

乾はにやりと笑うと、無言でリビングに通じるドアを開けた。
やはり、ここも灯りは点いていたが誰もいない。
玄関に手塚の靴があったから、帰ったわけでないことはわかっている。

乾は一週間分の荷物が入ってるバッグを足元に下ろすと、片付けもせずに上着を脱いだ。
その上着もソファの背に掛けただけで、片手でネクタイを緩める。

テレビもついていないリビングはしんと静まり返っている。
バスルームのあたりからも何の物音も聞こえてこない。
用がなければ、手塚がパソコンと本で埋め尽くされた乾の部屋に入ることはないから、手塚のいる場所はもう限られている。
乾は右手の中指で眼鏡をくいっと押し上げてから、声を出さずに笑った。

それから、解いたネクタイを首に掛けたままで、乾はベッドルームのドアを慎重に開けた。

この部屋も明るかった。
灯りを点けっぱなしにした張本人は、乾のベッドの上で軽く背を丸めて眠っていた。
手塚は当然のように服を着たままだ。

乾はくくっと小さく笑い声を上げて手塚の顔を覗き込む。
白い顔には眼鏡が掛けられていて、ほんの少し開いた唇から規則正しい呼吸が洩れる。
寝たふりなどではなく、完全に眠っていることがその表情でわかった。

あまりに無防備に眠る顔に、つい頬が緩む。
だが、手塚の着ていた薄いグレーのシャツのボタンは3つめまで開いていることも乾はちゃんと気づいていた。

いつもは一番上だけが外されているボタン。
それが今は3つ開いている。
どうやらこれが手塚の限度だったらしい。

乾は手塚の前髪を指で払い、そこに軽く唇を押し当てた。
それでも手塚は目を覚まさない。
今度は細い顎を持って上を向かせると、寝息を立てる唇を塞いだ。

手塚の肩がぴくりと動いた。

「手塚」
声を掛けると、手塚の目が開いた。
焦点の定まらないぼんやりした視線が、何度目かの瞬きでふっと変化した。

「…乾?」
「ただいま」
笑いながら言うと、手塚は急にうろたえた。

「なんだ、お前。いつ帰ってきたんだ」
「たった今だよ」
焦る手塚から手を離し、乾はベッドの端に腰を掛ける。
手塚は慌てた様子で半身を起こした。

「1週間ぶりで会って、なんだと言われるとは思わなかったな」
「お前が驚かせるからだ」
手塚は半分寝惚けたところを見られたのが気まずいのか、怒った顔で抗議する。

「それに」
一旦言葉を切って、手塚を見つめる。
見慣れた眉を顰める顔に、少し乱れた髪。
そして、シャツから覗く鎖骨。
乾は手を伸ばして、人差し指でその綺麗な鎖骨をつと辿った。

「あんなに頼んだのに、服を着たままだし」
手塚は左手で乾の指を振り払った。
「やらないと言ったはずだ」
乾を睨みつける目には力はなく、むしろ少し赤く染まった頬が可愛くさえ見える。

「でもここにいてくれた」
薄く色づく頬に手を掛けると、仄かに熱い。
「ボタンも外しかけたみたいだから」
咄嗟に何かを言いかけた手塚の唇が閉じる。
「まあ、75点くらいはあげてもいいかな」
「…そんなものはいらない」
俯きかけた手塚の顔を自分に向かせる。

「そう言わずに受け取ってくれよ」
黙り込んだ手塚の唇に、そっと自分の唇を重ねた。
そして、手塚の肩を抱いて引き寄せると手塚の腕も乾の背に回る。

「抱いていいよね?」
「今…か」
「うん」
「お前は食事だってまだじゃないのか?」
「あとでいい」
「…疲れてないのか」
「多少はね。どうせなら手塚とやって、とことん疲れたい」
乾の腕の中で、手塚が小さく笑ったのがわかった。

「勝手にしろ」
手塚の細い指が乾のネクタイをするりと引き抜いた。
「そうする」

乾が自分の着ているものを脱ぐ間に、手塚も全部を脱ぎ捨てた。
そして部屋の灯りを消そうと乾が手を伸ばしたとき、手塚が「あ」と何かを思い出したような声を上げた。

「ん?どうした?」
「さっき返事をするのを忘れていた」
眼鏡を外した手塚が、少しだけ眩しそうに乾を見上げて言った。
「おかえり」

手塚の律儀さに、乾は思わず吹き出した。
「笑うな」と怒る手塚を乾は両腕で抱きしめた。


欲しいと思ったのも勿論嘘じゃない。
早く手塚を抱きたい。
そう思いながら車を走らせてきた。

でも、こうやって「おかえり」を言ってもらえること。
それが一番嬉しいことかもしれない。



「一人じゃないっていいね」

黙って頷く手塚に深いキスをして――。

その夜、乾は自分の腕の中から手塚を離そうとはしなかった。
二人の間に隙間が出来ることのないよう、きつく抱きしめて。
2004.0816
らぶらぶあまあま、ばかっぷる。

最初はえっちシーンを書くつもりだったんだけど、止めちゃった(笑)。なんだかすごく執拗なシーンになりそうで。ここはちょっと甘く可愛い話にしたかったんで直接的描写は止めといた方がいいかなあと思ったんですよ。

…えっちはえっちで別に書こうかな…。読みたい方いらっしゃるかなあ…。