■LONG DISTANCE CALLオマケ
手塚には時計の針の示す時間が、どうしても理解できなかった。
目覚めたばかりのせいだとは、自分でもわかっている。
半分眠ったような状態でも、枕元の時計を確認するのはいつもの習慣だ。
そういえば、今日は目覚ましを止めた覚えがないことに手塚は気づいた。
無意識に止めたのかと思いながら針を見つめたのた。
ピントの甘い視野に見えたのは、9時27分を示す針。
こんなことがあるはずはない。
これが現実のことなら、乾はとっくに出かけている時間だ。
いや、既に会社についているはずの時刻。
ここでやっと手塚は事態が飲み込めた。
「乾!」
手塚は慌てて上半身を起こした。
「遅刻するぞ、お前!」
「…大丈夫」
乾は枕に半分顔を埋めた状態で、笑って手塚を見上げていた。
「何がだ!」
怒鳴る手塚の腕を掴み引き寄せると、乾の唇が近づいてきた。
こんなときにと、顔を背けようとしたら乾は惚けた顔で言った。
「今日は出張明けで仕事は休みだって、言わなかったっけ?」
まるっきり覚えがない。
手塚がつい黙り込むと、乾は小さく笑った。
「まあ、覚えてなくてもしょうがない。夕べの状況じゃね」
乾の腕が伸びてきて、咄嗟に反応できない手塚の身体を抱き寄せた。
「さて今日は何曜日でしょう?」
言われて少し考える。まだ頭は上手く回転していない。
答えるまでに10秒程を費やした。
「金曜日…だ」
「正解です。今日から三連休だよ」
乾は少し目を細めて手塚を見つめる。
「もしかして、目覚ましを止めたのはお前か?」
「うん。止めてからまた寝た」
なるほど、と漸く状況が理解できた。
「お前はいつから目が覚めていたんだ?」
「手塚が飛び起きる45分くらい前から」
ということは、さっきの自分の行動を全部見られていたということか。
ぼうっと時計を見つめていたところも、
それから慌てて跳ね起きたところも。
まったく腹の立つ男だ。
そう思いながらも乾の腕の中は悔しいまでに居心地がいい。
肩を包み、背中を撫でる掌の感触に安心してしまう。
「…そんな前から目が覚めていて、どうして起きなかったんだ?」
乾の指が項に掛かる髪を梳いていた。
「起きるのが勿体無いってのもあったんだけど、それ以上に起き上がる気力がなくてね」
「そんなに疲れているのか?」
確かに自分もいつもよりは疲れてはいるが、乾がそんなことを言うのは珍しいことだ。
「…というより腹が減って動けないというのが正しい」
「何?」
手塚は乾の肩にもたれかけていた顔を上げた。
目が合うと、乾はにっこりと笑った。
「考えてみたら、俺夕べから何にも食べてないんだよね」
そう言われてみると、確かにその通りだ。
乾は帰ってくるとまっすぐにここにきて、一晩中と言っていいくらい手塚を抱いていたのだから。
「最後に食事をしたのは何時頃だ?」
「えーと、2時頃に遅めの昼を食べた」
乾はケロっとした顔で答えた。
どうやらこいつは本格的な馬鹿者らしい。
「そういうことは…もっと早く言え」
手塚が勢いよく起き上がり、脱ぎ捨てたままになっていたシャツに袖を通した。
「すぐに朝食を作る」
と言うと、すかさずに間抜けな返事が返ってくる。
「いや、急がなくていいよ」
この期に及んで何を言うか。
「簡単にすませる。文句はないな?」
手塚が睨みつけると、乾はヘラヘラと笑いだした。
「ありません。…悪いね。手伝おうか?」
「邪魔だ。寝てろ」
手塚がそういい捨てると、乾は「はい」と素直に返事をした。
急いで服を着て、コーヒーメーカーをセットして、その間に何か作って、と歩きながら手順を考える。
なるべく時間のかからない、でも美味しいものはなんだろう?
手塚はシャツ一枚のままで冷蔵庫を開けた。
今はこれでいいか、と中にあったものをひとつ取り出した。
食器棚からスプーンを出し、乾のところへ引き返す。
ドアを開けると、乾はベッドの中であくびをしているところだった。
「起きて、これでも食べていろ」
言われるままに起き上がった乾に、500ml入りのプレーンヨーグルトとスプーンを手渡した。
「これで飢え死にしないで済む」
蓋を取りながら笑う乾に言った。
「悪いが俺はシャワーを浴びてくる。朝食はそれからだ」
「俺の食事は後回しなのか?」
「そうだ。せいぜいゆっくり食べていろ」
乾は手に持ったスプーンをプラプラと揺らしてから、手塚に向かってこう言い返した。
「それじゃ、じーっくり味わって食べることにしますよ」
可愛くない奴だと思ったが、それは今に始まったことじゃない。
急げば15分で済ませられるシャワーを、今日は倍くらいの時間をかけてやることに決定した。
2004.09.15
エロパート、完結編。
「LONG DISTANCE CALL」の翌朝のエピソード。腹減り乾。
実は気になっていたんですよ。乾、夕食抜きじゃんて(笑)。それでこんなのを追加してみました。ほんのお遊びみたいなものですが、書けてすっきりしましたよ。