■未来の破片(カケラ)2
※「未来の破片(カケラ)1」の続きです。(「OFF LIMITS」「一夜」の続編)


はぁ、と大きくゆっくりと腕の中の手塚が息を吐いた。
それと同時に体重を預け、乾の肩に頭を乗せる。
極めた快感と緊張から手塚がゆるやかに開放されていく様を、乾は肩越しに味わった。

自分も手塚も、もう互いを貪るようなことはあまりしなくなった。
たった3ヶ月で、自分はずいぶん変わったと思う。
どうしようもなく手塚が欲しくてたまらなくて、自分を抑えることが出来なくなったのは最初だけだった。

今、自分は満たされているのだろう。
追い詰めあうようなセックスは必要ない。
そんな気がする。

だが、その分以前より純粋に行為を楽しんでいるかもしれないなとは思う。
気持ちいいことがしたい。
手塚を気持ちよくしたい。
それは前より強く思うようになった。

どちらしても、手塚を抱くことはやめられない。
それだけはハッキリしている。
乾は、小さく笑った。

「なんだ?」
それに気づいた手塚が、幾分掠れた声で聞いてくる。
「いや、なんでもない」
毛布を引き上げて、手塚の肩を包み込む。
3ヶ月前より、少し細くなったその場所は乾の掌に馴染んでいる。
「…ちょっと痩せた?」
「あまり落とさないようには…してるんだがな。やっぱり、多少筋肉が落ちてきた」
「急に生活のスタイルを変えると、身体によくないから気をつけろよ」
「ああ」

元々手塚は太れない体質で、学生時代から体重を維持するのにずいぶん苦労していた。
この細い身体で、大きい外国人選手を相手に手塚は相当頑張っていたと思う。
結局蓄積されていった「無理」が、古傷である肘と肩を壊すことになった。
左の肘と肩には、手術の跡がはっきりと残っている。
その傷を目の当たりにしたときは、胸が痛んだ。
今はその傷痕ごと、手塚が愛しい。

「…乾」
「何?」
「このマンションは…賃貸だったな?」
急になんだ?と思いつつ乾は返事をする。

「そうだよ」
「契約期間は、2年か?」
「うん。そう」
引っ越してきて4ヶ月くらいだから、更新まではまだまだ時間がある。
体重を預けたまま手塚は何かを考えているようで、じっと黙っている。

少し間が開いた後で、手塚が口を開いた。
「それくらいなら、ちょうどいいか…」
「何が?」
「2年後に向けて、金を貯めておけ」
「…何で?」
唐突の命令の意味がわからず、間の抜けた言葉を返してしまった。

対照的に手塚の口調はきっぱりとしていた。
「2年後にマンションを買うために、金を貯めろと言っている」
「は?」
「賃貸じゃ、もったいない。思い切って買った方が経済的だ」
「俺が、買うの?」
「そうだ」
「あのね、大根やキャベツ買うのとわけが違うんだから」
えらくデカイ買い物をしろと、いとも容易く口に出す手塚に焦りながら答える。

「俺が半分出せば、無理じゃないだろう」
「半分?」
「一緒に暮らすんだから当然だ」
「…手塚、さっきから何言ってる?」

だんだん心臓がバクバクいってきた。
だが、当の手塚は肩に頭を乗せたまた平然としていた。

「2年後に、一緒に暮らすための家を買おうと言ってる」
手塚の口調が少しずつだが、ゆっくりとしてきた。
それとは逆に自分はどんどん焦って、呂律まで怪しくなってきた。

「…手塚、もしかして…寝ぼけてるのか?」
手塚の肩を包んでいる手に汗をかきはじめたことに気づく。
「失礼だな、お前。確かに…眠いが、寝ぼけてない」
「俺と…一緒に暮らすって?」
「そうだ。だから…もう少し…広いところがいい」

まずい。
このままだと手塚が眠ってしまいそうだ。
身体を起こしたいが、手塚の身体が乗っているのでそれもできない。

「ちょ…っと待った。もう少しきちんと話そう」
「問題…あるか?」
「あるといえばあるし、無いといえば無いけど」
「じゃあ…2年後までに…片付けておけ」

これは手塚の中では決定事項ということなのか?
何時の間にそういうことになったんだ?

焦りまくる乾の腕の中で、手塚は一度体重を預けなおした。
「寝る」
「え?」
「風呂は朝でいいから」

そんなことは聞いてないんだが。
そう思った次の瞬間には、すでに手塚は寝息を立てていた。

「ホントに寝るか?普通…」

突然一方的に爆弾を落としておいて、自分はさっさと戦線離脱か。
あまりに手塚らしい発言に、全身からどっと力が抜けた。

「参った」
乾は、手塚を抱いたままクスクスと笑い出す。

まさか、お前の方からプロポーズされるとはね。
もちろん、俺に断われるはずがないじゃないか。

乾は手塚の柔らかい前髪を指先で払い、唇をそっと押し当てた。
「今更そんなつもりじゃないと言っても、もう遅いからな」

不確定だった未来が、ほんの少しだけ見え始めてきた。
しかも強引に手元引き寄せる形で。

つかまえられたのは俺のほうなのか。
それとも俺がお前をつかまえたのか。
そんなことはどうでもいい。

2年後の自分なんて、まだ想像はつかないけれど。
きっと望んだものを手にすることが出来るだろう。
史上最強のパートナーが今ここにいるのだから。

乾は自分の腕の中で眠る手塚を一度抱きしめて、
それからゆっくりとまぶたを閉じた。
同じ夢を見るために。
2004.2.13(あ!13日の金曜日だ!)
手塚の天然パワー炸裂。 手塚ファンの方の夢を壊してしまいましたか?すんません。かっこいい手塚を書こうとしては玉砕してます。なんでかなー。愛が空回りしてるのかしら。

もう少し甘い話にするはずが、大変バカな話になってしまいました。でもなんとなく、この先の話も書けそうな気分になってきた。今後もポツポツと同じ設定上の阿呆な2人を書いていこうと思います。もちろん時には大人向けの話も(笑)
タイトルはアジカンの名曲から取りました。大好きな曲です。