■一週間 2
土曜日 K.T
朝から見事な晴天だった。
普段通りの時間に目が覚めたが、乾はもう少し寝かせて置こうと思い1人で起きた。
朝食はゆっくりでいいだろうと、朝刊に眼を通していると乾が起きてきた。
「もっと寝ていなくていいのか?」
「せっかくの休み、寝て終わりじゃもったいないから」
まだ眠そうな顔をしているくせに、そう言って笑っていた。
朝食を済ませた後は、掃除と洗濯。これもあっという間に片付いた。
手伝おうかと乾は言うが、それをやるために来ているのだから、余計な気は使うなと答えた。
あとは特にすることもなく、それぞれに本を読んだりテレビを見たりして過ごした。
昼食は乾が作るというから、任せることした。
料理は嫌いではないが、乾ほどレパートリーがない。本当に乾は器用になんでもこなす。本人に言わせると「器用貧乏」ということらしいが。
こんな風に乾と静かな時間を過ごすのは、とても気が楽だ。
夜になり、風呂から上がって寝室に行くと、先に入浴を済ませた乾がベッドの上で湿布を取り替えているところだった。
「自分で出来るのか?」
「出来るよ。それよりさ」と乾は自分の足を指差す。
「腫れ、引いたと思わないか?」
そう言われて、改めてよく見ると確かに最初の日とは比べるまでもなく明らかに腫れが引いている。
「そうだな。良くなってるみたいだ」
「今日一日、殆ど歩いてないからな。それでずいぶん違うみたいだ」
だから、と乾は小さく笑う。
「腫れが引いたら、やっていいんだよね?」
「また、それか。お前はそれしか頭にないのか」
「今はね」
呆れて大きく息を吐いたら、吐き切る前に唇を塞がれた。
まだ「いい」と言ったわけではないのだが、気がついたら自分から乾の背中に腕をまわしてしまっていた。
しょうがない。好きにさせてやる。
日曜日 S.I
普段起きる時間より、少し早く目が覚めた。
目の前には手塚の後頭部。背中から抱いたまま眠っていたようだ。
いつもは手塚の方が先に眼を覚ますのだが、抱いた翌日は必ず自分の方が先だ。
それだけ疲れさせているんだろうと思う。特に夕べはちょっと苛めすぎたかもしれない。
そのまましばらく力をいれずに抱いていたが、手塚が眠っているうちにシャワーでも浴びておこう。
そう思って、手塚から静かに手を離し身体を起こそうとしたときに足首に痛みが走った。
まずい。
手塚を起こさないようになるべく静かにベッドから離れる。動かすたびに足が痛んだ。
見ると、一目で判るほど腫れあがっている。夕べは夢中で気づかなかったが、やっぱり無理をしていたらしい。
手塚にバレないうちにどうにかしようと、シャワーで汗を流した後に足首にだけ冷水をかける。熱を持った場所に冷たい水は気持ちよかったが、そのうちに冷えすぎて感覚がなくなってきた。
バスルームからリビングに戻っても、まだ手塚は起きていなかった。チャンスとばかりにアイスパックで足を冷やす。
なんとか少し腫れが引いたようなので、新しい湿布を貼り包帯を巻く。
これならバレずに済みそうだ、と安心した。
手塚が起きる前に朝食を作ろうと思い、冷蔵庫の中を覗くと手塚が色々買い足しておいた食材が揃っている。
和食党の手塚にのために、今日は旅館の朝食を目指そうと思う。
どうせなら美味しい御飯を炊いてやろうと、炊飯器ではなく土鍋で炊くことにする。
普段使わない鍋をしまっている棚の上段から、目当ての鍋を取ろうと少し背伸びをしたとたん、足首に激痛が走った。
「…つっ」
思わず蹲ると、背後からものすごく低音の冷め切った声がした。
「何を、やってる」
一瞬背筋が寒くなった。
恐る恐る振り返ると、「超」が10個くらいつきそうなほど不機嫌な顔をした手塚が立っていた。
「…悪化させたな?」
凄みのある声は、反論を許さなかった。あとはただひたすら謝るだけ。
ああ、これで当分「夜」はお預けだ。
月曜日 K.T
目覚まし時計の鳴る前に眼を覚ました。
隣を見ると、すでに乾はいなかった。先に起きたらしい。
リビングに行くと、ちょうどシャワーを浴びてきたところだったようだ。
上半身は裸のままで、首にタオルをかけていた。
「足は?」
「ん、昨日よりはいい」
信用できないので自分の目で確かめると、昨日よりは腫れが引いていた。
「多少は良くなったようだな」
「ああ、昨日大人しくしていたからね」
「当たり前だ。馬鹿」
せっかく治りかけていたのものを自分で悪化させたんだから。
そう言うと、乾はすみませんと小さく謝った。
この男はどこまで本気なんだか。
「もう、電車で行っても大丈夫そうな気がするな」
朝食の用意をしていたら、乾が言った。
「まだ階段は辛いんじゃないのか?」
「多分大丈夫。いつまでも手塚に甘えても入られないし」
「なんだ?ずいぶん殊勝なことを言うんだな」
「いや、ホントにそろそろ自分でどうにかしないと」
「治りかけで無理はしないほうがいい」
捻挫も癖になると案外やっかいなものだ。
完全に腫れが引くまでは無理はするなと言ってやると、乾は困った顔で笑う。
「手塚がいるのに慣れちゃうと、いなくなったときが寂しそうだ」
「別にこれで最後じゃない。いつだって来れる」
そう答えたが、本当は自分も乾と同じだ。
もう少しだけここにいたい。
いて欲しいと言ってもらいたい。
「今日は車で送る」
「うん。じゃあ頼む」
なんとなく乾と眼をあわせられない朝だった。
火曜日 I.S
今日できっかり一週間。
結局最後まで手塚に送り迎えしてもらった。
一緒にマンションに戻るのも今日で終わりだ。
今夜もう一泊して、明日の朝には手塚は自分の家に帰ることになる。
夕食の支度を手伝ったり、並んで座ってニュース番組を見たりする
普通の時間が今日で終わるのは、正直言ってものすごく寂しい。
「手塚が帰っちゃうと寂しいな」と言うと、手塚はふっと笑う。
「お前は1人でいるのが好きな人間だと思っていたんだが」
「好きだよ。気楽だしね」
でも、手塚は特別だ。
1人でいる自由より、手塚と一緒にいる時間の方がずっといい。
「手塚」
キッチンの前に立つ手塚を手招きする。
そして、自分の座るソファの隣に手塚も座らせる。
「一週間ありがとう。助かったよ」
「そうか」
「うん、それにすごく楽しかった」
手塚の肩に手をかけ、胸に引き寄せると
「俺も」と、小さな声で答えが帰ってきた。
「今度、お礼するよ。何がいい?」
「何もいらない。気を使わなくていい」
「使わせてくれよ。ホントに嬉しかったから」
手塚は少し黙ってから口を開いた。
「じゃあ、今度近場でもいいからどこか旅行しよう」
「…いいね。休みとるよ」
「足が完全に治ってからだぞ」
「しつこいな」
「うるさい」
二人でクスクスと笑った後、手塚が目を閉じた。
そして、そのまま唇を合わせた。
お互いの眼鏡がぶつかって小さな音を立てた。
「また、来てくれる?」
唇を離した後そう聞くと、手塚は静かに微笑んだ。
「呼んでくれるなら」
いつでも俺はお前を呼んでるよ。
聞こえないか?手塚。
2004.3.24
「一週間」完結編。
いちゃいちゃしてまーす。馬鹿でーす。捻挫が悪化するほどの行為って、何をしたんだろうねえ、乾ったら。
こういう軽い話は書くのが楽しいです。また書きたい。
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