■一週間 1
※「A DAY FOR YOU」の続きです。
水曜日 S.I
手塚が本当に会社まで送ってくれた。
車のキーを渡して、シートに座ってから「右ハンドルは久しぶりだ」とか言い出すから、正直焦った。
「手塚、大丈夫か?」
「なんとかなる」
意外と手塚は、こういう場面では大胆だ。さすがO型というべきか。
慣れない道を運転するから、少し早めに家を出た。
手塚は真剣な顔でハンドルを握っている。
多少緊張してるようだが、運転自体は下手じゃない。
話し掛けると気が散るだろうから、必要最低限なことしか言わずにいると、逆にそれが気になったらしい。
「何か話せ」
「何かって?」
「なんでもいい」
「うーん…。今日の夕食はどうしよう、とか?」
「…もういい。黙ってろ」
何が気に入らないんだ、と思ったが黙っておいた。
順調に渋滞を抜けて、思ったとおりの時間に会社に着いた。
「帰れそうな時間がわかったら、連絡する」
「わかった。どこで待てばいい?」
会社の前に車を待たせるのも気が引けるので、隣のビルに入ってるカフェで待ち合わせをすることにした。
車はそこの駐車場に入れておけばいい。
「じゃあ、頼む」
「無理するなよ」
短い会話の後で走り去る車を見送ると、まるでデートの約束をしたみたいにすごく楽しい気分になっていた。
それは手塚には内緒の話。
木曜日 K.T
昨日は久しぶりに右ハンドルの運転で少しとまどったが、もう大丈夫だと思う。
隣に座っていた乾も、今日は安心していたようだ。
本人は隠そうとしていたようだが、昨日は明らかに不安そうな顔をしていた。
失礼な奴だ。
昨日は乾を送っていった後で一度家に帰り、母に事情を話してから一週間分の着替えや必要そうなものを用意した。
それを済ませて家を出ようとしたら、母から「お見舞い」と大量の林檎を持たされた。
こんなに沢山の林檎を食べきれるのかと心配になったが、あいつのことだ。
ジュースか何かに使うだろうと、そのまま受け取った。
帰ってきた乾はその林檎を見ると、案の定嬉しそうにしていた。
乾は今朝になってから、その林檎を使ってジュースを作った。
「ホントはジューサーの方が口当たりはいいんだけどね」
ミキサーにかけたジュースは、確かに少しざらついていたが味は悪くない。
林檎だけでなく他の果物や野菜も入っていたようだが、材料を聞くとまずくなりそうなので聞かずに置いた。
乾を送り届けたあと、マンションに戻って洗濯や掃除を手早く済ませる。
夕食は面倒なのでカレーにする。
文句は言わせない。といっても言うはずもないのだが。
5時を回ると、乾から電話がきた。
「あと一時間くらいで帰れそうだ」
「じゃあ、そろそろ出る」
「うん。気をつけて」
それはこっちの台詞だろう。
昨日と同じ店に車をとめて、乾が来るのをコーヒーを飲みながら待つ。
まずいわけではないが、乾のコーヒーの方が美味い。
嗜好品には金と手間を惜しまない奴だから。
15分ほど待っていると、乾がヘラヘラ笑いながら歩いてくるのが見えた。
馬鹿に見えるからやめておけと言わなくては。
金曜日 I.S
今日はようやく金曜日。
明日、明後日と仕事を休めるのが正直とても嬉しい。
足を休ませられるということもあるけど、手塚とずっと一緒にいられると思うと楽しみで仕方ない。
こんなに週末を待ち遠しく感じたのは久しぶりかもしれない。
昨日、一昨日も手塚が待っててくれると思うと仕事もいつもより捗ったくらいだ。
少しでも早く手塚に会いたくて無意識に頑張ってしまったようだ。
今日もほぼ定時に仕事を終え、手塚の待つカフェに急ぐ。
「お待たせ」
手塚の向かいの席に座り、コーヒーを注文する。
それを飲んでから帰るのが、日課となりつつある。
足は大丈夫かと聞く手塚に、笑顔で平気だと答える。
本当はまだ腫れも痛みもあるが、余計な心配をかけたくない。
それに「痛い」などと言ったら、こっそり予定したことが駄目になる。
マンションに戻り、着替えを済ませるとさすがに肩から力が抜けた。
この3日間をなんとかやり過ごせたことに安心した。
ベッドの上で少し休んでいると、手塚が心配して覗きにきた。
「どうした?痛むのか?」
「いや、平気だよ」
と答えると「正直に言え」と釘を刺された。
「本当に大丈夫。それよりさ」
手塚の手首を掴んで引き寄せ、唇を合わせてから手塚に囁く。
「金曜の夜だよ。いいよね?」
手塚は黙って顔を見つめ返したあとに、左手の人差し指で捻挫した箇所をぐいっと押した。
「痛いって!」と叫ぶと冷たい声が返ってきた。
「腫れてるうちはやらないと言っただろうが」
ああ、そうですか。わかりました。
手塚が風呂に入ってる間に、必死で氷で患部を冷やした。
絶対明日までに腫れを引かせてやる。
見ていろよ?手塚。
何が何でも明日はやってやる!
2004.3.23
アホな二人の日記風の短編です。続きは明日にでも。
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