■移動祝祭日:2日目
風呂上りには、冷たいミネラルウォーターか、スポーツドリンクを飲むことが多い。
今夜はもう、冷蔵庫の中には、スポーツドリンクしか残っていないので、それを持って自分の部屋のドアを開けた。
「お待たせ」
「別に、待ってない」
可愛げのない台詞だが、それがかえって可愛く思えるから、始末に悪い。
俺の前に入浴を済ませていた手塚は、パジャマ姿でベッドの端に座り、テニス雑誌を捲っていた。
左手には、500ミリリットルのボルヴィックが握られている。
隣に腰を下ろし、洗い立ての髪に触れたが、さらさらと指の間から逃げていってしまった。
今度はもっと深く指を差し入れ、ゆっくりと滑りのいい髪の毛の感触を確かめる。
表面は乾いているが、内側はまだ少し湿っていた。
「ちゃんと乾かさないと、癖がつくよ」
「そのうち乾く」
基本的には几帳面で潔癖なくせに、妙に大雑把な一面がある。
手塚のそういう部分は、実はかなり好きだ。
首を捻って、俺の手から逃げようとする手塚の肩を、片手で捉まえて、顔を近づけた。
「いい匂いだな。いかにも風呂上りって感じ」
「お前のシャンプーを借りたんだぞ?同じ匂いのはずだ」
「うん。でも手塚の方が、いい匂いがする」
「気のせいだ」
確かに同じシャンプーとボディソープを使っているのだから、手塚の言った通りのはずだ。
だが、実際に鼻腔をくすぐるこの香りは、自分が親しんだものとは、微妙に違っている。
勿論、手塚の匂いの方が、ずっといい。
手にしたままの雑誌とペットボトルを、手塚から取り上げ床に置き、耳の後ろ側に鼻先を寄せる。
くすぐったそうに顔を背ける手塚を、そのままゆっくりとベッドに押し付け、体重をかけた。
細い身体だが、密着すれば、きっちりと筋肉がついているのが、よくわかる。
「冷たい」
「ん?」
「髪が、濡れてる」
「すぐに乾くよ」
手塚と違って、短いから。
そう言うと、手塚はくすりと笑い、手を伸ばして俺の髪に触れた。
「乾くまで、待つ気はないのか」
「ないよ」
「だろうな」
手塚はふっと息を漏らすように笑い、伸ばした腕を俺の背中に回した。
「少し寒くなってきた。ベッドに入っていいか」
いいよと答えるかわりに唇を塞ぐと、背中を抱く腕に力が入った。
こちらから抱きしめると抵抗するくせに、自分からだと随分大胆だ。
唇を重ねたままで微笑むと、手塚も同じように口角を上げていた。
水を含んだような柔らかい肌を、唇と指先で丹念になぞる。
白いシーツに散らばる髪も、濡れたような艶やかさだ。
軽く伏せた睫毛も、同じように黒く光る。
何も身につけていない細い身体は、少しずつ温度を上げているようだ。
耳の裏側から首筋にかけての、特に薄く滑らかな部分に舌を這わすと、手塚の肩がびくんと動いた。
頬にかかる吐息は、ひどく熱い。
「いぬ、い」
「なに」
「いつもと、ちがう」
目を伏せたままで、手塚はやや掠れた声を上げた。
浅い呼吸は乱れていて、左手は固くシーツを握りしめている。
長い時間、俺が焦点をはずした行為を続けているせいで、追い詰められてるのだろう。
手塚の身体は、はっきりとわかるほどに、敏感な反応を示していた。
無理もない。
ベッドに入ってから、結構な時間が経過しているが、その間に俺が触れたのは身体の末端ばかり。
白い爪先を軽く咬み、利き手の指を口に含み、髪を撫でながら耳に息を吹きかけ、首筋に舌で舐める。
どの行為も、ゆっくりと丹念に、普段の何倍も時間をかけた。
そんな遠まわしなやり方に、手塚は何も言わずに耐えた。
手塚は決して、自分からどうして欲しいかを口にしない。
恥ずかしがっているとか、プライドが高いとか、そういうことではないのだと思う。
恐らくは、そういうやり方を手塚は知らない。
与えられる事を、ただ受け止める。
きっと手塚はそんな風にしか、身体を重ねる術を知らないのだ。
ごく弱い火が、時間をかけて自分を焦がしていることに気がついていても、手塚にはそれを止める手段も意思もない。
ただ、必死にそれに耐えて、俺が開放してくるときを待っている。
ようやく俺の手が上半身にたどりつき、胸の突起の片方を、親指の腹で撫でたとき、殺しきれなかった手塚の声が漏れた。
「手塚の誕生日だからね。これは俺からの贈り物」
「プレゼントなら、もう貰った」
間に荒い息を挟みながら、手塚は、やっというように言葉を吐き出す。
手塚が言っているのは、部員全員でお金を出し合って贈った、テニスバッグのことだ。
「昼間のは、みんなから。これは、俺にしかあげられないものだよ」
わざと音を立てて、唇を啄ばむと、手塚は薄く目を開いて、俺を見上げた。
熱があるときのような、潤んだ瞳が長い睫毛の下から覗く。
「もう、日付が、変わっているんじゃ…ないのか」
「いや、あと30分残っている」
ヘッドボードに置いてある、デジタル時計で確かめたので、嘘は言っていない。
「じゃあ…あと30分、これを、続けるつもりか」
「30分でも一時間でも構わないよ、俺は」
「…ふざけるな」
「ふざけてない」
俺を睨み付けている目には、いつもの力はない。
そのかわりに浮かぶのは、快楽とも苦悶とも取れる危うい色だった。
「どうして欲しい?」
「お前の、好きにして、いい。だから、どうにかしてくれ」
俺を煽るための言葉ではなく、恐らく本心から出たものなんだろう。
縋るような目が、そう物語っている。
それでも、止めろと言わないのが手塚らしい。
では、言葉に甘えて好きにさせてもらうとしようか。
日付が変わって誕生日は終わったら、手塚に贈った分を今度は俺が貰えばいい。
多少の無茶はしても、手塚が自ら用意した時間は、まだたっぷりある。
そんなつもりで、泊まったわけじゃないといっても、もう遅い。
だが、今夜の手塚は決してそうは言わないだろうと思う。
いつもなら、翌朝のアラームを確かめるはずの手塚が、今夜に限っては、何もせずにベッドに入ったのだから。
2006.11.14
エロを書こうと思ってたんですが、あんまりエロくなりませんでした。つーか、多分エロくなるのは、このあとでしょう。
時間があるのをいいことに、乾は好き放題だと思うなあ。でも、基本的に手塚を気持ちよくしたいやつなので、ひどいことはしない。何度もイかせるのは間違いないけど。
体育会系のふたりなので、ここはひとつ体力の限界に挑戦するといいよ。
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