■移動祝祭日:3日目
例えば、毛布から出ていた肩が寒かったせいだったり、目覚まし時計に強引に起こされるのでもなく、安心しきったまま緩やかに目が覚めた。
背中が温かい理由は、すぐにわかった。
うなじにあたる微かな寝息と、身体をゆったりと包んでいるのは、乾のものだ。

乾を起こさないよう、出来る限りそっと身体を反転させた。
そのまましばらく、じっとしていたが、乾の呼吸は規則正しいリズムを、刻み続けている。
あどけないと形容してもいい寝顔も、変化する気配はない。
どうやら、眠ったふりをしているわけでも、なさそうだ。

乾の部屋に泊まった朝の、密かな楽しみのひとつがこれだ。
昨日の朝は、乾の方が先に目を覚ましたので、寝顔を見るのは叶わなかった。
にきびひとつない滑らかな頬や、ほんの僅かだけ開いた薄い唇を、好きなだけ見ていられるのは嬉しい。
カーテンは閉まっているが、隙間から差し込む光は明るく、外はどうやらよく晴れているらしい。

二日続けて、泊めてもらったのは初めての経験だ。
それも、乾が利き手を火傷をしたからと、親に嘘までついて。
火傷したこと自体は、本当のことだが、実際は人差し指に小さな水ぶくれを作った程度。
別段不自由することもない。

二晩泊まるのが初めてなら、そのために親に嘘をついたのも初めてだ。
考えてみれば、乾と一緒にいることで、色んな『初めて』を、経験したような気がする。

ただの好意ということではなく、本気で好きだと思ったのは、乾が初めてだ。
胸が痛くなるほどのせつない思いだとか、顔をみているだけで嬉しくなるとか、些細なことで自分の気持ちが揺れ動くのが不思議だった。
それも全部、乾を好きになって、初めて知ったことだ。

安心して自分を預けられる広い背中。
触れ合う素肌から伝わる熱さ。
身体を支えてくれる腕の力。
乾が惜しみなく与えてくれるもの全部が、たまらなく愛しかった。
そんな感情が、自分にあることを教えてくれたのも、乾が初めてだった。

自分には不向きだと敬遠していたダブルスさえ、乾となら可能だった。
今でも時々思い出す、あの暑い夏。

どうして、と何度も考えた。
こんなに、人を好きになれるものなのか。
ここまで、全てを許し合える他人が存在するものなのか、と。

その理由を乾に聞いたら、こうなる運命だったんだよと、嘯いて笑うかも知れない。
今の自分なら、それを真に受けてしまいそうだ。
それくらい、乾が好きだ。

きっと、これからも、乾の隣で色んな「初めて」を知るのだろう。
そのうちのいくつかが、乾にとっても「初めて」だといい。

とりあえず今日のところは、『初めて誰かのために朝食を作る』に挑戦してみよう。
そう決意してから、既に5分。
心地よすぎて、背中から回された腕を、一向に振りほどけずにいるのだが。
2006.10.29
三連休の最終日。初の二日連続お泊まり。

移動祝祭日ってのは、日にちじゃなくて曜日で祝日を決めているから(ハッピーマンデー制度とか)、年毎で日にちが変わる祝日のことです。以前は体育の日って「10月10日」って決まっていたでしょ?

おかげで、らぶらぶバカップルたちも三日連続でいちゃいちゃですよ。よかったね。
2日目が抜けてますが、後から書きたい。…うん。エロの予定なんですわ…。