
ドアを開けた途端、アルコールと煙草の匂いがした。
後ろ手でドアを閉めて部屋の中を覗くと、重ねた足がソファからはみ出しているのが見えた。
手塚は一度眉を顰め、コートを着たままソファの前まで歩いていく。
人が来たことにも気づかず眠り続ける男の前のテーブルには、灰皿が見えなくなるほどの吸殻と数える気にもならないビールの空き缶や酒瓶が散乱していた。
眼鏡のない乾の寝顔はどこか冷たく見えた。
「乾」
声を掛けても乾は起きない。
もう一度、少し大きな声で名前を呼んだ。
「乾、起きろ」
ん、と低い声がして片目だけがうっすらと開いた。
「あれ、もう朝か?」
「そうだ。とっとと起きろ」
腕組みして手塚が答えると、乾は緩慢な動きでテーブルの上に置いてあった眼鏡に手を伸ばした。
自分には考えられないくらいレンズが汚れていて、それを不快に思った。
「またここに泊まったのか」
「手塚が泊めてくれないからな」
乾は上半身を起こし、上目遣いに手塚を見てにやりと笑った。
「自分のマンションに帰ればいいだけだろう」
さすがに乾もレンズの曇が気になったのか、着ていたシャツの裾で眼鏡を拭いている。
「ここからだと遠い。手塚のところなら歩いていける」
「お前の事情なんか知るか。とにかく早く起きてここを片付けろ」
さも面倒そうに立ち上がる乾には煙草の匂いが染み付いていた。
「空気を入れ替えろよ。煙草臭くてかなわん」
「了解」
「窓はあまり大きく開くな。雨が降っている」
それだけ言うと、手塚は乾に背を向けて歩きながら、コートのボタンをようやく外し始めた。
不意に背中から身体を抱きしめられた。
足音を立てずに近寄るのは乾の特技だ。
「本当だ。髪に水滴が付いている。傘、刺さなかったのか?」
「たいした降りじゃなかったからな。…いいから放せ。コートを脱げないだろう」
「嫌だね。どれくらいお前に触ってないかわかってる?」
くすりと耳のすぐ傍で笑う気配に、背筋が少しざわざわした。
「お前はもうここに泊まリ込むのを止めろ」
「手塚が泊めてくれるなら」
「どうしてお前を泊めてやらなくちゃいけないんだ」
乾が何かいう度に、首筋に吐息がかかる。
きっとこの男はわざとそうしているのだろう。
「俺がいると良く眠れるよ?」
「結構だ。睡眠なら足りている」
「嘘ばっかり。どう見ても足りてる顔じゃないな」
腕の力を緩めずに、それでいて決して苦しくは無いように加減することを乾は忘れない。
「…薬に頼るくらいなら俺のほうがいいと思わないか」
「お前だって酒の力を借りなきゃ眠れないのは、既にアル中の域だぞ」
「お互い様ってことか」
くすくすと笑いながら、乾は長い指で手塚の髪に触れた。
「雨の匂いがする」
こんなときだけ乾の声は酷く優しい。
この雨が夜まで降り続いたなら、今夜だけはこの男と一緒に眠ってもいい。