Silent

ずっと好きだった。
ずっと見ていたかった。
自分自身でさえ、気づいていなかった。

1人きりの、この薄暗い部屋で、今それを思う。





184センチの長身がしなやかに上体を反らせ、これ以上ないというくらいの見事なバランスで、鋭いサーブを叩き込む。
あのサーブをまともに決められたら、かなり厄介だ。
乾の高速サーブは豪快さよりも、年齢にふさわしくない、洗練された鋭敏さを感じる。
少なくともサーブに関しては、間違いなく自分より上だろう。
手塚は黙って腕を組んで、目の前の打ち合いを見つめていた。

乾は今、大石を相手に打ち込みをしている。
関東大会を間近に控え、レギュラー全員に一段と気合が入っている。
特に乾の熱の入り方は、目を見張るものがあった。

それもそうだろう。
青学ナンバースリーと言われながら、1年生に負けてレギュラー落ち。
顔には出さなくてとも、そうとう悔しかったはずだ。
都大会が終わってすぐに行われたランキング戦で、手塚はそれを強く実感した。

データだけでは勝ち上がれない。
そう判断したのだろう。
乾が、どれだけ壮絶なトレーニングをしたかは、すぐに分かった。

ラケット越しに伝わる球威。
確実に追い込んでくるコース。
元々持っていた冷静な判断力に裏打ちされた、隙の無いテニス。
それまでの乾とは比べるまでもなく、すさまじい進歩を遂げていた。

あの試合を思い出すと、今でも拳に力が入る。
手塚は組んでいた腕を、無意識のうちに強く握っていた。

乾のテニスは、乾にしか出来ない。
頭の中では、高速な処理能力を持つコンピュータが、常に計算をし続ける。
大柄でありながら、関節が柔らかく動きに無駄が少ない。
サーブアンドボレーというプレイスタイルは、乾に見事に適している。
手塚は、そう思っていた。

青学テニス部には、不二や越前のような突出した才能もある。
それは誰もが認めるところだろう。
その二人に比べれば、乾のテニスはごくオーソドックスと言える。
攻略法が見つからないわけでもないし、実際、自分は一度も負けたことはない。


だが、手塚が見入ってしまうのは、戦ってみたいと思うのは。
それは乾のテニスだ。

菊丸のように、楽しそうにプレイしているわけでもない。
海堂のように、負けることの悔しさを、全身にみなぎらせることもない。
いつも淡々と同じ顔で打ち続ける姿を、見ていたかった。
そして、自分を倒そうとするときだけ見せる表情に引きつけられた。
向かってくる乾の足音を、背中で聞く。
その距離が心地よかった。

手塚は、黙って腕を組んだままで、目の前を走る乾を目で追った。
少しでも長く、ラリーが続くようにと願いながら。



そして、今。
手塚は一人、遠く離れた場所に居る。
原因を作ったのは自分自身だ。
それ自体を、後悔はしていない。

だが、この距離は思っていたよりも堪える。
その理由は明白だ。

ここに乾は、いない。
あの姿を見ることは出来ない。
当たり前のことを自覚したときに、初めてわかった。


ずっと、あのテニスが好きだった。
ずっと、それを見ていたかった。
自分自身でさえ、気づいていなかった。

失うのは嫌だ、と手塚は強く思う。
もう一度、自分はあの場所に帰る。
あの乾がいる時間と場所と空気を、自分は二度と手放したりしない。


まだ間に合う。
だから。

必ず、帰る。


2003.12.28

中学生手塚。2003text(MEDIUM)に収納してある「残像」の対になる話。手塚→乾。この設定だと二人は実は中学生の頃から両想いだったことになりますな。で、高校生になってようやく出来上がる?うわ、それ萌えるわ(笑)。
…自分の設定で自分で萌える。安上がりつーか、お手軽すぎるぞ。

※2009.08.27追記 「残像」はアーカイブ内で公開中。