いまさらネタバレでもないんですが、一応ボタンクリックで。
しつこく手塚手塚言っているので、それでも大丈夫な方だけ、どうぞ。
ちょっとだけ落ち着いた今、乾のことを考えてみた。
真田の手塚に対する拘りをそれほど強く感じないのは、多分私が乾塚者だからなんだろう。真田の拘りは、個としての「手塚国光」ではなく「一度こてんぱんに負けた相手にもう一度勝ちたい」ってことではないないのだろうか。
真田の拘りが「手塚に勝つ」ことだとしたら、乾の拘りは「手塚」そのものなんじゃないかと思っている。勿論その中には手塚に勝つことも含まれているんだけど、乾は手塚の存在自体に興味だとか憧れとか畏怖とか、いろんなものを抱えているような気がする。
そして、乾や跡部(多分、不二様やリョマも)なら「もう二度とお前とは戦わない」とは言わないと思う。特に跡部は、何度でも手塚と対戦したいと願うんじゃないかな。決着のためでなく、生涯のライバルとして。
今回これだけ動揺した一番の要因は手塚の腕の怪我。99.9パーセント再起不能というのは、医者でもない乾の発言だし、きっと手塚が心配なあまりうろたえて、とんちんかんなことを口走ってしまったのだと思いたい。
手塚が主人公なら、多分こんなに心配ではなかったと思う。もしくは準決勝あたりなら、もう少し冷静でいられた気がする。連載の残り時間を考えると、この後の手塚をコノミンがどこまで描くかがわからない。それが怖い。
主人公なら、再起不能で終わるはずがないだろうし、準決勝だったらまだ希望が持てたのだけど。
この間、絵チャでも同じ話をしたんだけど、ここにも書きます。私は手塚を表現するときに、どうしても「綺麗」という言葉を使ってしまう。それは「潔い」「正しい」「潔癖さ」「ストイック」「強い」という言葉を内包した上での「綺麗」だったと思う。一種「求道者」的なものを手塚に見てきた。そして、手塚をそう描いてきた作者自らが、手塚のそういう部分を壊してしまったようで悲しい。一端壊して新しい手塚を再構築するのなら理解できなくないが、脇役である手塚に果たしてそこまで時間を割いてくれるのだろうか。壊すだけ壊して、そのままにされるのでは辛すぎる。
手塚の負けによって、テニス世界は「不条理」で「不安定」になっている気がしてしょうがない。それは私の贔屓目のせいだけなんだろうか。
拍手で「手塚は神聖な存在」というコメントをいただいたんだけど、本当にそう思う。神が不在になったゆえの不安なのではないかと、大げさでなく感じてます。
ようするに、私は手塚が「負けて終わり」なのが、嫌なんだ。どうか、このまま終わるのだけはやめて欲しい。
それが今の願いです。
長々と書いてきたけど、言いたいことのほとんどは文字にしたつもりです。言葉にしようのない感情はまだ渦巻いているけれど、今後の展開でどう変わるかわからないし、勇気を振り絞ってこの先も読んでいこうと思ってます。
お付き合いありがとうございました。