水分の残った乾の肌は、少しひやりとしていた。
手塚よりも先にシャワーを浴びたから、身体が冷えたのかもしれない。
裸で抱き合うと、その温度が心地よい。
滑らかな肌の男だと、触るたびに思う。
色白で黒縁眼鏡の乾は、いかにも頭の切れそうなインテリという雰囲気で、スポーツとは縁がなさそうに見える。
だが、実際はしっかりと筋肉のついた、引き締まった身体の持ち主なのだ。
筋肉質な身体をつつむ滑らかな肌という組み合わせには、妙な艶かしさがある。
見た目も中身も、不思議なバランスを保っている男だと思う。
だからこそ惹かれ続けるのかもしれない。
「なにを考えているんですか」
ベッドの中なのに──。
乾は低めの声で囁き、静かに笑った。
横向きでゆるく抱き合っている状態だから、乾の吐く息が頬に当たる。
「さわり心地がいいなと思っていたんだ」
「俺ですか?」
「ああ」
「国光さんの方が、ずっと気持ちのいい手触りだと思いますけど」
乾の大きな手が手塚の腰骨に置かれ、そのまますっと脇の方へ這い上がる。
「うん。やっぱり気持ちがいい」
それはこっちの科白だ。
皮膚の下を、何かがさわりと蠢く。
乾は、自分は触りたがりなのだと言う。
その言い方を真似るなら、手塚は触られたがりなのだろう。
乾の指先や手のひらの感触が、とても好きだ。
ただ触れられているだけでもいいのに、ベッドの中ではもっと気持ちがよくなる。
手塚がどこをどうされるのが好きかなんて、もうとっくに乾は知り尽くしているのだから当然だ。
「不思議だな」
「なにがだ」
ゆっくりと手塚の肌を撫でながら、乾が笑う。
「国光さんに嫌いなところがまったく見当たらない。全部好きなんですよ」
「今は見えてないだけじゃないか。そのうち気づくかもしれない」
「それはないでしょう。昨日や今日出会ったんじゃないだから」
十分時間をかけて観察したと言いたいのだろうか。
「全身はもちろん、声や髪質も好きなんてね。どういうことですかね」
「俺に言われても」
「俺の夢が具現化したとしか思えない」
「言いすぎだろう」
いくら好きな相手からの言葉とはいえ、ここまで言われるとさすがに恥ずかしい。
「ちっとも。言い足りないくらいだ」
乾は真顔でそう言った後、ふっと目を細めた。
同時に足が絡みつく。
「反応もね。好きです」
腰骨をくすぐるように撫で上げられ、思わず短い声が出た。
「遊んでいるのか」
「楽しんでるんです」
負けずにこちらかも仕掛けたいが、すでに身体が熱くなり始めていてうまくいかない。
特に乾が集中的に触っている部分は、敏感に反応してしまう。
それを知っているから、さらに大きな手が這い回る。
乱れはじめた息は、乾の唇に吸い取られる。
背後から回された指先が奥まったところを探った。
ただ軽く撫でられただけなのに、びくんと腰が揺れてしまった。
身体はもう乾が来るのを待っているのだ。
「乾」
「はい」
「あまり焦らさないでくれ。多分、今日はあまり長く……もたない」
「俺も同じです」
そう言って笑う乾の顔には、まだまだ余裕がありそうだ。
嘘吐きと詰る暇もなく、唇をキスで塞がれた。
乾を中に受け入れてから、身体を繋ぐのは久しぶりだったのを思い出した。
このところお互い忙しくて、ふたりでゆっくりすごす時間がなかった。
泊まっていった夜もあったが、軽くお互いの身体に触れ合うくらいで、セックスまでには至らなかった。
そのせいだろうか。
今夜は特に敏感になっている気がする。
乾が大きく動くたびに、背中が反り返り声も上げてしまう。
この分だと、すぐに達してしまいそうだ。
「デザートだからかな」
「な…に」
「今日のあなたは甘い」
「そ…の…台詞は」
「陳腐ですか?でも、本当です」
ぐいっと腰の角度を変えられて、全身が強張る。
強すぎる快感を逃そうと身体を捩ったが、続け様に腰を打ち付けられて抵抗できなくなった。
「おとなしく、食べられてください」
好きなだけ味わえ──。
唇をふさがれてしまったので、言葉にはできなかった。
かわりに乾の身体に両足を絡みつかせ、思い切り締め付けてやった。
うまくできたか自信がなかったが、乾が低い声で呻いたので、多分成功したのだろう。
乾は汗の浮かぶ顔で、ふっと目を細めた。
笑っているのではない。
まぶしいものを見るような、痛みをこらえるような、そんな顔だった。
「……国光さん」
低くかすれた声がした。
頭の中が、じんと痺れる。
奥を突かれるよりも、口の中を捏ね回されるよりも、もっともっと強い快感。
声を聞いただけで達しそうになる男は、他にいない。
欲しいという言葉のかわりに、乾の動きが激しくなる。
したたり落ちる汗や熱い肌が、手塚をどろどろに溶かしていくようだ。
欲しがってくれ、と強く思う。
全部持っていってくれと、希う。
乾のものになりたい。
気持ちが良すぎて、気が遠くなる。
揺れているのは周りなのか、自分なのかもわからない。
深いところに落ちていきそうな身体を支えているのは、乾の手だ。
いつだってこの男は、手塚の必要なものをくれる。
手塚が達くまでの間、乾は手塚の左手をずっと握り続けていた。
少しの間、眠っていたようだ。
ベッドの軋みで目が覚めた。
目を開けると、乾が身体を倒そうとしているところだった。
「ああ、すみません。起こしてしまいましたね」
「シャワーを浴びてきたのか?」
「ええ、汗だくになったので。国光さんはどうします?」
「俺は明日の朝でいい。眠い」
「そう仰ると思いました」
乾は笑って、枕に頭を乗せる。
そして、手塚の身体をそっと抱き寄せた。
シーツや乾の肌に触れた感触は、さらりとしていた。
きっと乾が手塚の汗を拭いてくれたのだろう。
「ありがとう」
乾は返事をせず、手塚の髪をそっと指で梳いた。
くすぐったくて気持ちがいい。
「明日の朝は、僕が朝食を作りますね」
『俺』ではなく『僕』を使っているのは、わざとなのだろうか。
「いいのか?」
「ええ。だから、明日はゆっくり起きてくださいね」
「ありがとう。遠慮なく甘えさせてもらう」
「ご馳走になったお礼です」
「デザートも込みで?」
「そう。込みで」
手塚の髪を撫でながら、乾が低く笑った。
気持ちがよくて、目を開けていられない。
眠りに落ちる直前、額にやわらかいものが触れた気がした。
「やっぱり甘い」
囁くような乾の声がした。
お前が甘くしたんだと言い返してみたのだが、眠りかけていたので実際に声に出せたかどうかはわからない。
2013.07.07
手塚馬鹿の乾と、乾馬鹿な手塚というただそれだけの話です。