「じゃ、手塚の誕生日を祝ってかんぱーい!」
ひときわ大きな声がして、その場にいた全員の視線が、声の持ち主に集中する。
一瞬の沈黙の後、ビール入りのジョッキを顔よりも高く掲げた菊丸が、不満げに口を尖らせた。
「ちょっと!みんなノリが悪い!」
「おい、これで何度目の乾杯だと思ってるんだ。少なくとも5回はやっているぞ」
あきれた顔の大石が、それでも菊丸のジョッキに、自分のグラスをかちんとぶつけた。
「おめでたいことだからいいのっ!はい、みんなもやる!」
そう言われて、ほかのメンバーもなんとなく乾杯につきあった。
祝われた手塚本人も、その中のひとりだった。
今日は10月7日。
手塚の25回目の誕生日だ。
今年は偶然にもスケジュールに空きができ、いいタイミングで帰国できた。
それで、かつてのテニス仲間が集合し、手塚の誕生日を祝ってくれているというわけだ。
手塚と同学年だった部員は仲が良く、中学を卒業してからも、年に数回はなんだかんだと理由をつけて集まっていた。
プロのテニスプレイヤーである手塚は、試合で世界中を飛び回っているため、皆のようには参加はできない。
それでも年に一度くらいは、元部員の誰かしらとは顔を合わせている。
手塚の同期が二十歳になる年には、当時のレギュラー経験者の全員が参加して、OB会を開催した。
ついでと言っては言葉が悪いが、後輩にも声をかけて、当日は結構な人数が集まったのだった。
なぜだかわからないが、今年の手塚の誕生日祝いはそれに匹敵するくらいの規模になった。
青学を初の全国優勝に導いた元部長の生誕四半世紀を祝うのだから、大勢が集まるのは当然と言うのが、幹事である大石の主張だった。
「それは単なる建前で、実際はただみんなで集まりたいだけだから、手塚は気にしなくていいよ」
事前に電話で不二にこう言われていなかったら、手塚は、もっとこじんまりやってくれと懇願していたかもしれない。
なにか理由がないと、後輩まで巻き込んで集まるのは難しいというのは、確かにその通りだろうと思う。
そいうことならと了承し、こうして今日を迎えることになったのだった。
はっきりと帰国の予定が立てられたのは10日ほど前のことだったので、幹事の大石は色々と大変だったろう。
今も昔も、面倒見の良さは変らない。
会場が居酒屋なのは、気取らない場所にして欲しいという、手塚の注文を聞き入れてもらったことによる。
あまり手塚に気を使わずに、ざっくばらんな会にして欲しかったのだ。
そのおかげかどうかはわからないが、みんな和気藹々と楽しそうだ。
こんなに盛り上がってくれるのなら、ダシに使われた甲斐があるというものだ。
後輩たちも、入れ替わり立ち代り手塚の傍にやってきて、祝福の言葉をかけてくれた。
同学年の部員はそれなりに見慣れているが、後輩となると最後に顔を見てから相当年月が経っている。
顔を見ればすぐに誰かわかる者もいれば、すっかり変わってしまって名前を言われても、同一人物とは思えない人間もいた。
手塚の隣に座っていた大石にそう告白すると、俺も同じだと笑った。
「俺は、勝男とカチローが酒を飲んでいることに、まだ慣れないよ」
「やだなあ。僕らだって、とっくに成人ですよ」
加藤勝郎と水野カツオは、手塚よりも二学年下だ。
あの小さかった一年生が、今は余裕のある顔で笑いあっていた。
アルコールには結構強いようで、いいペースでグラスを空けているようだ。
久しぶりで会った後輩は、当たり前だが年月の分、ちゃんと大人になっている。
中学を卒業してからの10年という歳月は、人生の中でも一番変化の大きい時期かもしれない。
手塚と同期のメンバーは、大半が社会人だ。
この年齢になってもまだ中学時代の仲間で集まれるというのは、おそらくなかなか無いことなのだと思う。
全国優勝という経験を分かち合ったからだろうか。
今でも彼らに対し、『仲間』という感覚が抜けない。
本来、あまり大勢で集まるのは得意ではない手塚も、今日はとても楽しいと感じていた。
2014.10.16
2に続きます