「それにしてもなんで今日、乾がいないわけ?納得できない」
何度も乾杯を強要した菊丸が、今度は別な不満を口にした。
それを聞いた大石が、やれやれといった表情になった。
この顔は中学の頃にも良く見た記憶がある。
「さっきも言っただろ。乾は、昨日、霰粒腫で目を切開したばかりなので来られないって」
「だって、それ簡単に言えば、ものもらいでしょ?」
菊丸の言うことは間違いではないだろう。
霰粒腫というと物々しいが、一般的には「ものもらい」でくくられるている。
ものもらいくらいで、と言いたくなるのはわからなくはない。
きっと菊丸は自分の大切な仲間が全員揃って欲しいと思っていたのだろうから。
「いや、そうだろうけど、一応体にメスを入れたわけだからさ。昨日の今日じゃ、まだ抗生物質を飲んでるだろうし」
なだめるような大石の言葉に、近くに座っていた不二が頷いた。
「乾の霰粒腫は大きくて、二回も切開したみたいだからね。結構、ダメージがあったんじゃないかな?」
「近眼の上に、片方眼帯じゃ疲れるでしょうしねえ」と桃城が続けた。
「でもさー、これだけ大勢集まる機会なんて、めったにないんだからさ、乾にもいて欲しかった」
「まあ、気持ちはわかる」
不満そうに唇を尖らせた菊丸を見て、大石が眉尻を下げて笑った。
ここにいるメンバーのほぼ全員が、同じことを思っているのだろう。
青学のレギュラー陣はみんな個性豊かで存在感があり、誰が欠けてもぽっかりと穴が空く。
残念だというのは無理もない話だ。
この次に似たような機会があったとしても、もうこれだけの面子が集まるのは難しいと全員が薄々わかっている。
それぞれが大人になり、自分の都合だけでは動けない立場になりつつあるからだ。
わかっているから、誰もわざわざそんなことを口にはしなかった。
今の楽しい気分に水を差したくないのだ。
そのかわり、こにいないのが悪いとばかりに、乾をネタに盛り上がり始めた。
「乾はとっつきにくそうに見えて、結構人付き合いのいい奴だったからなあ。こういう集まりなら、絶対来そうだもんな」
穏やかな表情で河村が笑う。
「乾先輩って、考えていることが顔に出にくいから、楽しんでるのかつまらないのかわかんないですけどね」
越前の言葉に、不二が意外そうな顔で答えた。
「え?そう?僕は、わりとわかりやすいと思っていたけど」
「まあ、不二先輩ならそうかもしれませんね」
「それどういう意味かな、越前君」
不二のにっこり笑った顔が怖いのは、今も変わらないらしい。
「最初は面倒くさそうな人かと思ったんですけどね。意外とつきあいやすいんですよ。乾先輩」
桃城のセリフに海堂も頷く。
「面倒見もいいですし」
「むしろお節介じゃないですかね」
中学時代、散々牛乳を飲めとしつこく攻められた越前がつぶやくと、全員が声を出して笑った。
2014.10.21
3に続きます。