二日目のカレー
作って、二日目のカレーは旨い。これは、わざわざ俺が主張するまでもなく、カレー好きの大半がそう思っているだろう。
手塚の作るカレーも例外ではなく、やっぱり二日目が格別だ。
角が取れるとでも言えばいいのだろうか。
全体に味が馴染んでマイルドになり、野菜や肉の旨味がルーに溶け出しコクが出る。
この味を楽しむために、カレーだけは最初から大量に作ってもらうのだ。
今日はバイトがない日なので、夕食は俺が作った。
手塚が作った二日目のカレーがメインで、あとは山盛りの野菜サラダと市販のピクルスというシンプルなメニューだった。
減った具を補うために、カレーはの上には目玉焼きを乗せてみた。
「カニのサラダか」
テーブルの上を見た手塚が、呟いた。
「今日は、バイトの給料日だから、ちょっとだけ奮発しました。…といっても、安いフレークのカニ缶だけどね」
「缶詰だろうと、カニであることに間違いない」
「ま、そうだけど。さ、食べよう食べよう」
手塚を促して、テーブルに着く。
温め直したカレーは、とてもいい匂いをさせていた。
「ん。旨い」
昨日は、辛さがもっと表に出ていたが、今日は口に入れて、少し経ってからふわりと香りが立つ感じだ。
やはり、二日目のカレーは最高に旨い。
「いやあ、本当に美味しいな、これ」
旨いものを食べると、自然と顔が綻んでしまう。
ましてや、手塚の手作りカレーとなれば、尚のことだ。
「お前は本当に旨そうに食べるんだな」
手塚は、機嫌よくスプーンを動かす俺を、不思議そうな顔で見ていた。
「だって、実際にすごく美味しいからね」
「俺は、自分ではそんなに旨いと思ったことはないんだ」
正面から俺のの顔を見つめ、手塚は小さく笑った。
「だけど、お前が嬉しそうに食べるところを見ていたら、だんだん旨いような気がしてきた」
手塚は左手に持ったスプーンでカレーをすくい、それを口に運んだ。
「喜んでくれる相手がいるのは、いいものだな」
「そうだな」
一人暮らしを始めたときから、料理はまめに作っている方だと、自分でも思う。
だけど、自分のためだけに作るものと、誰かに美味しい物を食べさせたくて作るものが、同じであるはずがない。
「俺は、お前の作る、さらっとしたカレーも好きだ」
「手塚のためなら、いつでも作るよ」
「俺のために、か」
手塚は、くすっと小さく笑う。
「じゃあ、俺もそうしよう。お前以外の人間のためには、カレーは作らない」
「それは、ものすごく光栄。嬉しくて、死にそう」
「カレーごときで、死ぬな」
手塚は、馬鹿にした目つきと口調を俺に向けるけれど、それが本心でないことはわかっている。
薄い唇には、柔らかい笑みが浮かんでいた。
ひとつひとつは、ほんの少しの嬉しさであっても、それが積み重なるうちに、とてつもなく大きな喜びになる。
時間をかけて煮込んだカレーがの中身が、溶け合って、混ざり合って、何倍にも美味しくなるように。
手塚といると、俺はどんどん馬鹿になっていく。
毎日が幸せすぎて、頭の中がとろとろになってしまうから。
「美味しいって、快感だよな」
「お前が言うと、なんだか卑猥だ」
普段は、ちょっと鈍いくせに、こんなときだけ正確に意味を読み取る手塚だって、似たようなものじゃないだろうか。
そういえば、よくカレーに使われるコリアンダーは、昔は媚薬として使われていたらしい。
もしかしたら、このカレーにもそれがたっぷり入っているかもしれない。
何が入っているのか、もうわからないほど煮込まれたカレーを口に運ぶと、やっぱり快感としか言えない味がした。
2008.03.22
同棲大学生。「手塚家のカレー」のオマケです。
一度、途中まで書いたテキストファイルを行方不明にしてしまったけれど、無事発見できました。
紛らわしいフォルダを沢山作るからこういうことになる。
最初に書こうとしていたことがどうして思い出せなくて、締まらない終わり方になってしまった。やっぱり勢いは大事だ。