ふわふわ

「手塚、今夜から明日の早朝にかけて、雪が降るって」
確かに今日は朝から風が冷たかったな。
そう考えながら、パソコン上に表示された、天気予報サイトが配信する情報を読み上げた。
だが、背後にいるはずの手塚から返事はない。
ついさっきまで、ベッドの上で本を読んでいたはずなのだが。

椅子ごと回転し振り向くと、手塚はベッドにころんと横になっていた。
「手塚?」
音を立てないように立ち上がって、顔を覗き込む。
案の定、手塚は読みかけの本を手に持ったまま、眠ってしまっていた。
そのすぐ横には、やっぱりすやすやと眠る我が家の猫もいる。
静かなはずだ。
よく似たポーズで向かい合って眠る一人と一匹の姿に、つい笑みが漏れた。

寒い季節には、ふわふわと柔らかい生き物が恋しくなるものなのか。
12月あたりから、手塚は頻繁に我が家を訪れるようになった。
夏ほどはテニスに時間を取られないせいも、あるのかもしれない。

手塚は俺の部屋に来ると、まず猫を探す。
姿が見えないと、連れて来いと催促し、その通りにすると、嬉しそうに目を細める。
俺にはそんな顔を見せないくせにと思わなくもないが、手塚が膝に猫を乗せている様子を見られるのは、やっぱり和む。
猫も猫で、近頃では俺の相手などまったくしてくれないのに、何故か手塚には可愛らしい声をだして甘えている。

人間同士や、猫同士に相性があるように、きっと彼らの相性は特別にいいのだろう。
ゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄る猫に、手塚は優しい笑顔を浮かべて背中を撫でる。
まあ、なんというか、そんな様子に、柄にもなく幸せを感じてしまうのだから、俺もたいがいどうかしている。

今日も連休を利用して泊まりに来た手塚は、部屋に入るなり猫ばかり構っていた。
たまにしか会えない恋人同士のような彼らの邪魔をするのは申し訳ないので、俺はひとりパソコンに向かって時間を潰していたのだ。

静かにしているなと思っていたら、仲良く昼寝か。
部屋の主を無視して、優雅なものだ。
でも、両腕を前に伸ばし、背中を少し丸めて横になっている姿が二つ並んでいるのは、とても微笑ましい。
見ているだけの、こっちまで温かい気持ちになってくる。

でも、このまま何もかけずに眠って、毛皮に覆われている猫はともかく、手塚が風邪でも引いたら大変だ。
毛布を一枚引っ張り出して、昼寝の邪魔をしないように、足元から出来る限り静かにかけてやる。
だが、そんな配慮も、人間よりも鋭敏なセンサーを持っている猫には通用しなかった。
ぴくんと小さな頭を震わせて起き上がり、まだ眠そうな顔で、俺を見上げている。

ああ、起きちゃったか――。
つい苦笑が漏れる。
手塚の方は、どうやら大丈夫そうだ。
規則正しく、肩が上下している。

「ちょっと、ごめん」
猫を一旦ベッドから下ろし、手塚に毛布をかけてやった。
身体を覆っても、こっちの方は、目を覚ます気配はない。
手から本を抜き取ってみたが、同じ姿勢のまま寝息を立てていた。

猫はベッドの端に前足をかけて、今にも飛び乗りそうだ。
手塚を起こしてしまわないよう、両手で抱き上げた。
俺の意図が伝わったのか、珍しいことに、大人しく抱かれている。
猫を膝に乗せて、手塚の隣に腰を下ろした。

手塚は完全に熟睡しているようだ。
午後の柔らかい日差しを受けて、色の薄い髪が光っている。
そっと手を伸ばし、やや癖のある毛先を撫でてみた。
指の間を滑る髪の毛は、猫ほどではないけれど、とても柔らかい。

寝顔をもっと近くで見たくなって、猫を抱いたまま手塚の隣に静かに横になった。
起きているときは、とにかく迫力がある手塚だが、眠っていると印象が随分変わる。
強い光を持つ瞳が隠れているだけで、こんなにあどけなく見えるものか。
伏せられた長い睫が、眼鏡のレンズにぶつかりそうだ。

手塚の警戒心はゼロで、まったく安心しきっている状態だ。
今なら、こっそりキスしても、きっと目は覚めないだろう。
真っ白な頬と柔らかい唇に触れてみたい欲求には勝てない。
そうっと顔を近づけたら、それを阻むように、猫が俺と手塚の間に割り込んできた。

どうも、うちの猫は手塚に悪さをするのを許してはくれないようだ。
「わかったよ。もうしないから」
ぽんぽんと背中を軽く叩くと、大人しくその場に伏せたので、そのままじっと手塚の寝顔を見つめていた。

外はきっと寒いのだろうけれど、程よく暖房が効いた部屋は心地が良い。
眠る手塚の穏やかな寝息と、ふわふわの毛を持つ小さな生き物の温もりの相乗効果で、俺まで眠くなってきた。
どうやら、猫も寝てしまったらしく、俺と手塚の間でころりと丸くなっていた。

抵抗するだけ、多分無駄だ。
俺は少しだけ手塚に近づいて、目を閉じた。
毛布なんかかけなくても、猫のおかげで十分暖かい。
このまま人間二人と猫一匹で、川の字を作るのも、悪くなさそうだ。
真ん中の線は、少々短めだけど。

2008.01.23

去年と一昨年の乾誕生日祭で書いた猫の話の続き。

眠る猫はを見ていると、自然とこっちも眠くなってきませんか。寝てる猫って、すごく幸せそうなんだよな。
眠る猫と、眠る手塚の、ダブル攻撃で、乾はノックダウンです。