Silky cat.ver
手塚が、猫を構いに、我が家にやってきた。この冬、何度目の訪問だろうか。
寒くなると、ふわふわした毛を持つ動物が触りたくなるらしい。
猫目当てなのは、わかりきっていたので、今日は猫を抱いて手塚を出迎えることにした。
「いらっしゃい」
「邪魔する」
俺は、手塚がドアを開けた瞬間に、猫の姿が目に入る位置で待ち構えていた。
案の定、ほんの僅か口元を緩め、手塚の左手が猫の頭を優しく撫でる。
猫のほうも、嬉しそうな表情をして、にゃあと甘えた声で鳴いた。
最近では、中々ゆっくりと抱かせてくれない猫なのに、今日は手塚が来ることをわかっていたかのように、大人しく俺の腕の中に収まっていた。
手塚の姿を見たとたん、早く降ろせと言うように身体を捩る。
「わかった、わかった」
腕の中から開放してやると、猫は大喜びで手塚の足元に飛んでいった。
手塚が来るたびに、こうなので、もう傷つきはしない。
足元に絡みつく猫を踏まないようにしながら、部屋に入ってきた手塚は、小さめの紙袋を俺に差し出した。
「土産だ」
「ありがとう。いつも悪いね」
見慣れたペットショップの袋の中には、ささみジャーキーが入っていた。
これは、うちの猫の大好物だ。
ちなみに、俺への土産はない。
俺達と一緒に部屋に入ってきた猫は、手塚がベッドの端に腰を下ろすと、ぴょんとその膝に飛び乗る。
ベッドが手塚の指定席なら、手塚の膝の上が猫の指定席だ。
俺の立場は、既にないことなど、良くわかっている。
今は、彼らが久しぶりの逢瀬を楽しむ邪魔をしないようにと心がけているくらいだ。
我ながら健気なことだ。
手塚は、膝の上で喉を鳴らす猫を、ずっと撫でていた。
その指先の動きは、とても優しい。
猫の方も、ゆったりと身体を預け、いかにも気持ちが良さそうだ。
どちらからも相手にされないのは、少々寂しいが、幸せそうな彼らを見られるのは、やはり嬉しい。
猫の毛を触りながら、手塚はゆっくりと顔を上げた。
「今日は、なんだか、いつもより手触りがいいみたいだ」
「ああ、昨日シャンプーしてやったばかりだからね」
手塚は猫を抱き上げ、顔を近づける。
「そうか。言われてみたら、いい匂いがする」
「数種類のハーブが入っているから、その匂いじゃないかな」
安全な天然素材を使った猫のシャンプーは、俺が使っているものの数倍の値段だ。
こうやって、いちいち猫と比べてしまう自分が、段々可愛そうになってきた。
「猫はシャンプーを嫌がったりしないのか?」
「あ、うちのは大丈夫。小さいときから、慣らしてあるから。それに俺、シャンプーするの上手いしね」
「ああ、お前はそういうのが得意そうだな」
「得意だよ。こいつなんか、俺に洗われると、うっとりしておとなしくなるくらいだ」
これは、はっきり言って、自慢してもいいと思っている特技のひとつだ。
俺の手にかかれば、普段は生意気で反抗的な我が家の猫だって、骨抜きになるほどだ。
一応の褒め言葉は口にしてくれたが、手塚の反応は今ひとつ薄い。
ここら辺で、俺の存在を、きちんとアピールしておきたい。
「なんなら手塚の髪も、俺が洗ってやろうか?」
手塚の隣に腰を下ろして、一緒に猫の頭をなでる。
猫の足が、俺の手に軽くじゃれついた。
「猫と同じシャンプーでか?」
手塚はくすっと小さく笑った。
「ちゃんと人間用を使うよ」
茶色がかった髪が、カーテン越しの柔らかい光を反射させている。
そっと指を伸ばしても、手塚は避けようとはしなかった。
「きっと、気持ちがいいと思うよ。俺に任せてくれたら」
さらさらとした髪の中に、指を差し込む。
そのまま指を滑らせると、細い髪の毛がするりと逃げてゆく。
片手で頬を包み込み、黙ったままの手塚の唇を、親指の腹でなぞってやった。
「想像がつくだろう?手塚なら」
俺の指や掌の感触を、手塚ほど知っている人間はいない。
そのことを思い出させるために、俺はゆっくりと手塚の頬や唇を指先だけで撫で回した。
黙ったまま、じっと俺を見つめていた手塚が、口を開いた。
「調子に乗るな」
手塚の片眉が持ち上がったかと思うと、次の瞬間に俺の親指に思い切り歯を立てられた。
「…痛いんですけど」
俺の親指には、真っ白な手塚の犬歯が、がっちりと食い込んでる。
手塚の膝の上の猫は、馬鹿にしたような目つきで俺を見上げ、にゃあと鳴いた。
それを見た手塚が、楽しそうに笑い出した。
やっと開放された俺の指には、しっかりとした歯型が残っていた。
どいつもこいつも、一体俺をなんだと思っているのだろうか。
2008.02.22
多分、下僕だと思ってるんじゃないかな。 以前書いた猫話の続きです。乾は猫以下の扱いです。でも、ちゃんと愛されてますから。 2月22日で、猫の日記念ということで。