■一夜
※「OFF LIMITS」の続きとなります。先にそちらを読んでからどうぞ。
帰らないでくれるか?
その答えを言葉にすることは出来なかった。
だから、手塚は唇を重ねることで思いを伝えた。
ここにいる
お前に、その答えは伝わったろうか。
手塚、と甘く優しい声に名前を呼ばれた。
その声に酔いしれて、がっしりとした肩に身体を預けると大きい手が手塚を包み込み、腕の中に閉じ込められた。
乾
やっと声に出して、その名を呼んだ。
厚い胸、広い背中、腕の力
それを全身で確かめられた嬉しさに、手塚は息をすることさえ忘れかけた。
「夢…みたいだ」
同じことを思っていたような乾の言葉に、手塚は目を閉じた。
これが夢だとしたら、それはあまりに残酷だ。
それなら、俺は二度と目を覚まさなくていい。
でも、これは夢なんかじゃない。
自分を抱くこの腕は、紛れも無く本物だ。
閉じた瞼の裏が熱い。
手塚は大きく息を吐いて、切なさに耐えた。
乾が腕の力を少し緩め、身体を離す。
そして、長い指が手塚のシャツのボタンを一つずつ外していく。
こんな風に、人の手で服を脱がされるのは一体何年ぶりだろう。
かすかに乾が息を吐く。小さく笑ったらしい。
「何年ぶりだ、とか考えてない?」
手塚も、少しだけ笑う。
「考えていた」
「俺もだ」
乾の笑う声を聞いて、呼吸が少しだけ楽になった。
シャツのボタンが全て外され、裸の胸が乾の前に晒される。
そこに乾の唇がそっと押し当てられると、手塚の身体がびくっと震えた。
「手塚、俺の身体覚えてるか?」
忘れられるはずなどなかった。手塚は頷く。
「でも、忘れていいよ」
「な…ぜ?」
「また最初から、俺に教えてくれ」
手塚はゆっくりと目を開いた。
間近に見る眼鏡の無い乾の顔に、胸の奥に火が点る。
「手塚の全部をひとつずつ、俺に確かめさせて」
もう一度頷くと、乾が手塚の首筋に顔を近づける。
唇と舌がそこを這い、少しずつ手塚の肌を濡らす。
触れられる場所が徐々に熱を持ち始め、身体中に広がっていく。
それと同時に、どんどん息が上がっていく。
ふいに、乾の大きな掌が手塚の心臓の上に置かれた。
「すごく、どきどきしてる」
乾の掌の中で、自分の鼓動が更に大きくなるのがわかる。
「俺…だけなのか?」
途切れながら答えると、乾が手塚の左手を取り、自分の心臓の上に置く。
「どうだ?」
触れた手に伝わるのは、自分と同じように激しく打つ鼓動。
そして内側に秘めた熱が、溢れ出してきたような温度。
堪えきれず、手塚は乾の首に両の腕を回してしがみついた。
「い…ぬい…」
手塚の身体を乾の手が支える。
この身体を、誰かに渡すなど絶対に許さない。
これは、自分だけのものだ。
「ずっと、手塚を抱きたかった」
乾が手塚の服を全て奪い去り、自分自身も着ていたものを脱ぎ捨てた。
そして、乾の指がそっと手塚の輪郭をたどるように身体を滑っていく。
薄い皮膚をしびれさせるその感触に、全身が粟立った。
「あ…」
つい声をあげたとき、乾が手を止めた。
何か言いたげに、黒い瞳が撓む。
「手塚が付き合ってた相手って、全部女?」
「…ああ」
「じゃあ、手塚を抱いた男は今でも俺だけ?」
「そうだ」
にやり、と口の端が上がる。
今日初めて見た、意地の悪い笑顔。
この顔を何度憎らしいと思い、そして愛しいと思ったことだろう。
「お前…は?」
「俺が抱いた男も手塚一人だ」
また乾の指先が、肌の上を探るようにたどっていく。
そして胸の先端に、乾の唇がかすかに触れた。
「手塚がいい」
敏感なそこに、歯が当たる。
「手塚しか、いらない」
背骨に沿って、電流のように快感が走りぬけた。
「あ…あ」
勝手に身体が反り返る。
口に含まれ、濡れた舌が舐る。その場所が痺れるように疼きだす。
もう片方は指先で押しつぶすように弄られる。
手塚は声を上げそうになるのを、手で覆って堪える。
それでも耐え切れず、必死で指を噛んだ。
「声、出していい。この部屋の防音は完璧だから」
いかにも乾らしい言い様に、手塚もかつてのように答えた。
「ふ…ざける…な」
「本気だよ?声が聞きたい」
その言葉を証明するように、乾は容赦なく過敏になった手塚の膚に快感を与えていく。
そんな愛され方を忘れかけていた身体は、抗うことも任せきることも出来ずに、ただ身悶えた。
「口、開けて」
きつく唇を噛んで耐えていた手塚に、乾が更に追い討ちをかける。
わずかに開いた隙間から舌が入り込むみ歯列をこじ開けると、口腔を熱くまさぐり舌が絡めとられる。
息苦しさに眩暈がした。
「は…」
腰骨に汗で濡れた手がかかり、その感触にぞくりと震えた。逃げたいわけではない。
だが、無意識に身体を捩ると乾の手がそれを拒むように力を込めて引き寄せる。
固く熱いものが腿にあたり、カッと頭に血が上った。
「少し…待ってくれ。今、つけるから」
身体を離そうとする乾の腕を掴む。
「いい…から、行くな」
例え少しの間でも、今は離れたくない。
「すぐだよ」
「嫌…だ。今日は、このままで…いい」
「いいの…か?」
手塚は喘ぎながら頷く。
「どこでも…いいから、好きなところに…出せ」
お前と俺を遮るものは何もいらない。
心も身体も全部、お前に拘束されたい。
手塚を見下ろす乾が、静かに微笑んだ。
「そうさせて…もらう」
乾の言葉に、手塚は腕を掴んでいた力を緩めた。
手塚の中心に、乾の指が伸びてくる。
先端から溢れるものを丹念に指先に絡め、それを後ろへと塗り込められる。
「ごめん。今日は、これで許してくれ。用意…してなかった」
潜り込む指先に、手塚の腰が跳ねた。
「い…ぬいっ」
これ以上はもう耐えられそうに無い。
手塚は、膚を戦かせながら、乾の肩に指を食い込ませて訴えた。
乾は手塚の頭の下から枕を引き抜くと、手塚の腰の下に差し入れる。
それから手塚の片足を軽く持ち上げて言った。
「息、吐いて」
その言葉に従ってゆっくり息を吐こうとしたときに、熱い昂ぶりが手塚の中に侵入してきた。
息が出来なかった。
身体が大きく反り返った。
おそらく、痛みを伴っていたのだろう。
だが、そんなことはどうでも良かった。
今、乾が自分を抱いている。
それだけで良かった。
覚えているのは、何度も自分を呼ぶ声。
身体中を駆け抜けた、激しい快感。
乾の律動を身体の奥で受け止め、全身が震えた。
願った通りのものを乾はくれた。
薄れていく意識の中で、手塚は満たされていく自分を確かに感じていた。
何も聞こえなかった耳に乾の吐息が聞こえた。
まだ幾分朦朧としながらも、手塚はようやく目を開くことが出来た。
力を抜いて、緩く自分を胸に抱く乾と視線が合った。
「…大丈夫か?」
黙って頷いて肩に顔を埋めると、包み込むように乾に抱きすくめられる。
汗に濡れた身体は、昔よりずっと重い。
「…重くない?」
「重い。でも、それが…いい」
この重さは、自分を安堵させる。目を伏せて、息を吐く。
背中に回された手の温もりが、身体の中にまで浸透していく。
手に入れた。
本当に、欲しかったものを。
「手塚」
囁くような声に、瞼を開く。
「…言いそびれてた」
「なん…だ?」
初めて見るような穏やかな目で、乾は笑った。
「お帰り、手塚」
今、帰ってきた。
自分のいる場所へ。
「ただいま」
手塚は溢れ出しそうな思いを胸に抱えながら、ゆっくりと頷いた。
2004.1.23
「OFF LIMITS」完結編。
開き直らないと照れてしまうので、これでもかというくらいのメロドラマにしました。でも、最初に書いた物より(間違って消しちゃったやつね)多少エロ度下げました。意気地なしなもので(笑)
本来メロドラマはあまり好むほうではないのですが、書いてみれば結構楽しいかも。これをメインにすることは今後もありませんが、色々なシチュエーションに挑戦するのは今後もやってみたいです。サスペンスとか、ホラーとか(それはさすがに無理だろう)
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