■OFF LIMITS3
※OFF LIMITS2の続きとなります。先にそちらをどうぞ。


カタンと乾が立ち上がった気配がした。ドアが開く音がする。少しして戻ってきた乾が手塚の横に歩いてきた。

手塚は顔を伏せたまま、黙っていた。
口を開くと、何を言い出すかわからない。
この場で無様な姿を見せることだけはしたくなかった。

かちり、と硬質な音がした。
何かを乾が自分の前に置いたのだ。

「これを、貰って欲しい」

目を開いた。
そこにあったのは、真新しい一つの鍵。

「この部屋の合鍵だ」

言ってる意味が一瞬わからなかった。
そして、次に感じたのは紛れも無い怒りだ。

「何…のつもりだ?俺を馬鹿にしてるのか!」
咄嗟に立ち上がりかけた手塚の肩に、乾の両手が置かれた。
その暖かさを、まだこの身体は覚えている。

「ちゃんと説明するから、帰らないでくれ」
置かれた手がゆっくりと下がり、抱きしめられた。肩の上には、乾の額が押し当てられる。


「手塚」

低くく甘い声が、自分を呼んでいる。
ずっと求めていたものが、今ここにある。
気づいたときには、手塚の両腕も乾を抱きしめていた。
 
乾、と声に出した呼べたら。
手塚は唇を噛んで、それを耐えた。





「行こう」と手を引かれ、手塚は今ベッドの上に座っていた。
乾はすぐ隣に前屈みの姿勢で座っている。

「俺が結婚するって言うのは、嘘なんだ」
乾は一呼吸入れてから、先を続けた
「頼まれて、嘘をついてる」
「どういう…ことだ?」
「俺が結婚することになってる相手は、俺の大学時代の後輩でね。ちょっと事情があって、親に無理矢理結婚させられそうになってた。で、彼女はそれがどうしても嫌で、結婚したい人がいるって嘘をついた。それが俺ってわけ」
「嘘なのか?」
「うん。彼女のプライバシーにかかわることだから、詳しいことは言えない。でも彼女と俺は何もないよ。俺は彼女の嘘に付き合うことにした。婚約して、数ヵ月後には結婚するという話をわざと広まるようにした。その間に彼女は、逃げる準備をしてる」
「逃げるって…」

乾は一旦考えるような顔をしてから、また口を開く。
「彼女は外国に行くんだ。で、結婚する予定の頃に彼女は無事日本からいなくなり、俺は結婚目前で婚約者に逃げられた可哀想な男になる」
「それでお前になんのメリットがあるんだ?」
「実は俺もさ、多少縁談なんかも持ち込まれてるわけ。だけど、俺には結婚するつもりなんかないからね。こんなことでもあれば、当分結婚なんか考えたくないって言い訳も出来る」
「それにしても…社会的信用だってあるだろう」

乾はふふ、と小さく笑う。
「こんなことで評価を下げられるほど、俺は無能じゃないよ」

そうは言われても、素直に納得出来ない。
なぜ乾が、そこまでしてやる必要があるのか。
手塚の疑問に答えるように、乾はその先の言葉を静かに続けた。

「これは…俺の賭けでもあった」
「賭け?」
「うん」

乾が手塚の方に向き直る。
「彼女から協力して欲しいといわれた頃に、手塚が引退するってことを聞いた」
手塚は黙って耳を傾ける。
「手塚が帰ってくる。俺はこれを最後の機会だと思った。だから、ここに引っ越してきて、手塚を迎える用意をした」

鼓動が少しずつ速くなる。

「手塚が俺が結婚するって聞いたら、どう反応するか。それが全てだった。もし、少しでも辛そうにしてくれたら、俺は手塚にすべて話そうと決めてた」
「もし、違ったら…?」
「そのままだよ。何も言わない」
「そんな、人を試すような真似を…」
「ごめん。でもこれが俺の最後の賭けだったんだ。手塚を手に入れられるかどうかの、ね」
「素直に…言えばいいだけだろう?」
手塚は膝の上で拳を強く握る。

「言えないよ」
乾の声が小さくなる。
「自信が無かった。今だって、怖いよ。すぐにも手塚が帰ってしまうんじゃないかって」

触れた肩が、かすかに震えた。
「だから、言えなかった。あんな思いは、二度もしたくない」

乾、と名前を呼びたかった。
許してくれと、請いたかった。

だが、どうしても口を開くことが出来なかった。
こみ上げてくる後悔と愛しさで、胸が詰まる。
手塚は肩で大きく息をして、それを逃がした。

「でも、今は言える」

手塚、とひそやかな声がする。
声のする方向へ顔を上げると、年月を重ねた分、深い色合いを増した瞳につかまえられた。

「好きだ」

まだ間に合うならば。
乾が許してくれるならば。

俺は、この手をもう一度掴んでもいいのだろうか。

「一緒にいて欲しい。これから、ずっと」


手塚はただ頷く。
乾、と呼ぶ前に唇が塞がれて、後はただ強く抱きしめることしか出来なかった。

欲しいと思えば思うほど、遠くにあることを思い知らされてきた。
だから、願うことそのものを無かったことにしなくては、耐えられかった。

だが、焦がれていたもの全て、今ここにある。

許して、
許されて。

求めて
求められて。

手の中にあるのは、確かな存在。

流れ去ってしまったものを、巻き戻す必要などなかった。
また1から始めればそれでいい。
ふたりでなら、それが出来る。
乾となら、間違いなく。



繰り返される甘い口づけに酔いながら、手塚は新しい時計が時を刻み始めた音を確かに聞いていた。

2004.1.19
安っぽいメロドラマ仕様の乾塚(笑) でも楽しかったです。ホントはこのあと、お決まりのベッドシーンに突入するわけですが、それは後日改めてUPしようと思います。大人だから、濃厚よ?しかも久々だし(笑)
自分で書いておいて言うのもなんだけど、こんな風に人を試すやり方は好きじゃないです。でもそれだけ、切羽詰っていたってことで許してやってください。
どうでもいいけど、これ長いなあ(笑) 読んでくださった方どうもありがとうございます。あ、タイトルは「立ち入り禁止」っていう意味です。