■04.猫になりたい・おまけ
時々、今見ているのは夢なんだと自覚できることがある。
それがいい夢だったりすると、まだ目が覚めないようにと願いながら浅い眠りを楽しむ。
今日もまさにそういう状態だった。
日曜の午後。
窓の外には三日ぶりの青空が広がっていた。
穏やかな日差しは寝不足気味の身体を眠りに誘う。
溜め込んだデータ整理はひとまず中止して、少し休むだけのつもりでベッドで横になったのだが、結局そのまま眠ってしまった。
うとうととした半端な眠りは、妙にリアルな夢を映し出す。
いつの間にか今俺がいるベッドの端に、手塚が座っていた。
手塚、と名前を呼んだ気がするが実際に声は出ていないのだろう。
いい夢だ。
ぼんやりとそう思う。
手塚は少し俯いていた。
節目がちの睫毛は長い。
夏服のシャツのボタンは、俺がひとつずつ外していた。
衣替えしたばかりで、まだ日に焼けていない手塚の二の腕が白い。
開いた襟からのぞく胸元も同じように白かった。
肩からシャツを滑り落とし、首筋に唇を寄せると手塚の肩がわずかに動いた。
掌で裸の背中をなで上げると、滑らかな肌にうっすらと汗をかいていた。
その感触がやたらと生なましてく、夢の中だとわかっていても背筋がぞくりとする。
首に回る腕の力を感じながら、手塚の腰のベルトを緩めた。
手塚は少しも抵抗しなかった。
するりと全部下ろして、足を抜くと手の甲に不思議な感触のものが触れた。
柔らかくくすぐったい手触り。
覚えのあるそれは。
手塚の白い足にくるりと巻きつく、長い尻尾だった。
思わず、手塚と呼びかける。
これは何?と聞こうしたら、その前に手塚の声がした。
いつもより、少し甘くかすれた声。
だけど、それは言葉と呼べるものではなかった。
驚いて顔を上げると、目に飛び込んできたのは、透き通った青い目と大きな耳。
そして、にゃあと鳴いた瞬間に見えたのは尖った牙だった。
これは夢だ。
それはわかっている。
だけど、どうして手塚が猫なんだ。
混乱して動きの止まった俺を、猫の手塚がベッドに押し倒した。
真っ青な瞳は鏡みたいに綺麗に俺を写す。
不思議そうな表情で何度か瞬きを繰り返すと、手塚はちらりと舌を覗かせた。
それから両手で俺の肩を押さえつけ、赤い舌を俺の喉元に這わせた。
少しざらつく濡れた舌は執拗に俺の喉を舐める。
生暖かくくすぐったい感触から逃れようとするが、うまくいかない。
そうしているうちに、手塚の爪が俺のシャツを引き裂いてしまい、露になったそこも舐めていく。
いつの間にかくすぐったさよりも快感が勝ってきた。
見慣れない耳と尻尾があったとしても、これは間違いなく手塚だ。
一旦そう思えば、迷いはなかった。
舌なめずりする手塚の腰を抱いて、上下を入れ替えた。
手塚は文句をいうように声を上げると、大きな目で俺を睨みつける。
だが、その目は水の幕を張ったように濡れて光っていた。
薄く色づく頬を手で包み、牙が見え隠れする唇を塞ぐとしなやかな腕が巻きついてきた。
絡めた舌はやっぱりざらざらとしていて、口の中はいつもより熱い。
背中に食い込む爪も鋭く、時々ちくりと痛む。
唇を離し改めて顔を見ると、手塚は満足げに微笑んでいた。
そして、獲物を前にしたときのようにゆっくりと舌なめずりをする。
縦長の虹彩は光を反射してきらりと光り、獣であることを物語る。
例え、人に飼われる猫であろうと、やっぱりこの生き物は肉食なのだ。
心から納得したところで、目が覚めた。
なんでこんな夢をという疑問はすぐに解けた。
俺の顔をぺろぺろと舐めるグレイの毛玉みたいやつを片手で捕まえ、身体を起こす。
開いている片手で眼鏡をかけると、俺の手から逃れようとじたばたする仔猫が目に入った。
俺を起こそうとしたのか、単なる悪戯か。
どちらにしても、犯人はこいつだ。
「こら」と人差し指で小さな頭を小突くつもりが、猫は喜んでその指にじゃれついて小さな牙を食い込ませた。
甘噛みなので、痛くはない。
むしろ、軽い刺激が気持ちいい。
同じことを手塚にもされてみたいと、ふと思いついた自分に赤面した。
2006.06.23
あわわわわわ。成人サイズの猫塚。
…私はまたひとつ怖いものがなくなったようです。禁断の扉をひとつ開けてしまったというべきか。あといくつ扉が残っているんだろうな。
こんなアレな話を読んでくださってありがとう。というか、むしろごめんなさい。
back | 2006乾誕生日top | next
archive top || index