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■嘘吐き2

「お前は俺のことを相当鈍い人間だと思ってるだろう」
乾は半分困ったような顔で笑い、ふうっと息を吐いた。
「ばれない自信はあったんだけどな」

特に理由があって、乾の嘘に気づいたわけではない。
乾が手塚の前で、何かを悩むような素振りを見せたことなど一度もない。
だが、少し前から乾に感じていた違和感は、これのせいかとすぐにわかった。

さっき、怒っていないと乾に言ったのはそのためだ。
それよりも乾が自分に言えないでいる何かを知りたかった。
そして、多分それは自分が想像したこととそう遠くは無いということを確信していた。

理由なんか無いんだ。
傍にいれば、自然と気づく。

「本当のことを全部話せ」
乾は観念したようにため息を付くと、足を組んでベッドの端に座りなおした。
「…手塚の言った通りだよ。確かに本当にそういう話が俺のところに来た」
「やっぱりそうか」
「だけど、もう断わった。終わった話だ」
「それで…いいのか?」
つい、手塚の語調がきつくなる。
乾もそれに気づいたらしい。

「言っとくけど、いくら俺でも手塚と離れるのが嫌だからと言う理由だけで断わったわけじゃない」
「当たり前だ。そんな理由で断わるほどバカじゃないだろう、お前は」
きっぱりとした言葉に頷いてから答えると、乾はやっといつものような表情で笑った。
「大きな理由ではあるのは確かだけど」
「乾」
「でも本当にそれだけじゃない。俺はまだ今の仕事でやりたい事が沢山残っているし、勉強したいこともある。俺に、と言ってくれたのは嬉しいけど、実際は俺はまだまだ力不足だと思う」
「言いたいことはわかるが、どんな体験も無駄にはならないだろう?」
「うん。それは認める。チャンスなのかもしれない。だけど、俺はもっと現場に近いところにいたいんだ。管理職なんて今の俺には出来ないよ」
「お前がそういうなら、きっとそうなんだろう」

乾が今の職場におけるポジションを、手塚には理解することは出来ない。
自分に何も言おうとしなかったのは、そういう理由もあるのかもしれない。
だが、今の乾の言葉に嘘は無いと思う。
それを見抜けない程、自分が間抜けだとは考えたくない。

「だけど、それが何故さっきの嘘に繋がるんだ?」
乾は何も答えず、組んだ足の上に置いた自分の手を見つめていた。
「俺がどう答えるか、試したのか」

怒っているつもりはないが、声が少し硬くなった。
「ちが…」
乾ははっとした顔で手塚を振り返った後で、小さく息を継いだ。
「いや、きっとそうだ。俺は、手塚がどんな反応をするのか知りたかったんだろうな」
それから僅かに曇った顔で笑い、先を続けた。
「二度も手塚を試すようなことしたことになる」
ごめん、と言って、乾は片方の膝を立てて顔を伏せた。
それはずっと昔に見たような仕草だった。
思わず乾の肩に伸ばしそうになった手を、手塚はぎゅっと握った。

「理由はもうひとつある」
「…どんな」
「結論を出すまで、手塚には知らせたくなかった。だけど、黙っているのも息苦しくて」
乾は頭を下げたままで、視線だけが手塚に向けられていた。
「結局、行かないことに決めたから手塚には言う必要は無いと思った。でも隠したままでいるのが嫌だったんだな。それであんな形で口に出してしまったんだよ」
ふ、と微かに乾の息が洩れて、それが苦笑であったことに少し後から気づいた。


「悪かった。不愉快な思いをさせて」
「済んだ事だ。もういい」
まだ、自分の手は乾に触れたがっている。
だけど、今それをするのは躊躇われた。

「嘘だと気づいた理由を聞いていいか?」
「はっきりとしたものはない。言ってみれば、勘だ」

昔の自分なら、きっと簡単に騙されていたのだろう。
だけど、乾と過ごした時間は確実に自分の中に蓄積されている。

些細な言葉の端々に、
僅かな表情の変化に、

口に出さずとも、感じ取れるようになるだけの日々を二人で過ごしてきたから。


「今は、お前の嘘は見分けられる」
「いつの間に、手塚はそんなに鋭くなったんだ?」
自然と伸ばしていた手を、乾に掴まえられた。
そのまま軽く身体を引かれ、するりと乾の腕の中に収まってしまう。
耳元で囁く声は、さっきよりずっと柔らかくて、伝わる鼓動も心地いいリズムだ。

「俺が変わったんじゃない。お前は嘘をつくのが下手になったんだ」
手塚がそう答えると、乾は呆気に取られた顔をしたあとで、くすくすと笑い出した。
「きっとそうだ。俺はもう手塚に嘘なんか吐けないよ」

「それが一番の嘘じゃないのか?」
皮肉を言うつもりだった手塚の口は、言い切る前に笑った形のままの唇に塞がれた。
下手な嘘を付く乾の唇は、相変わらずキスだけは上手いようだ。


2005.04.04
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あー…。ベッドシーンを入れられなかった…。どうやって持ち込んだらいいかわかんなくて(苦笑)。ちぇ。

今回、初めて書いてる途中で「やめた方がいいかも」っていう気持ちを体験しました。体調の悪いときに書いちゃいかんなーと思いました。でも多分、今仕上げないとこのまま放り出すことは間違いないので、なんとか仕上げました。

あ、「やめたい」と思ったのは、「この話を書くのを」って意味ね。サイトを止めたいと思ったわけじゃないですよー。