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■夜桜
今年はいつもより春が遅いようだった。
それでもここ数日好天が続いたせいか、すっかり桜の花は盛りを迎え、すでに散りかけている場所もある。
この春は手塚も俺もそれぞれに忙しく、ゆっくり花を楽しむような暇も無かった。
住んでいるマンションの近くには、決して大きくはないが気軽に散歩をするには丁度いい公園がある。
桜も沢山植えられていて、毎年それを眺めては春の訪れを実感していた。
よく晴れた夜に、咲き誇る桜。
きっとあと数日で花は散ってしまうだろう。
持ったいないから、夜桜見物にでも行こうか。
どちらからともなく、そういう事になった。
外に出ると少し風が冷たかったが、それがかえって心地いい。
隣りを歩く手塚も気持ち良さそうに目を細めていた。
「ビールでも飲む?」
「いいな」
珍しく手塚が乗ってきたので、公園の脇にあるコンビニで缶ビールを2本だけ買った。
ビールを片手に公園の中をゆっくりと歩いた。
夜になると、桜という花はより一層艶やかに見える。
傍によって見上げると、甘い香りがした。
「桜餅の匂いがするな」
「情緒がない」
馬鹿にしたように手塚が笑った。
既に桜は散りかけている。
俺達の他には誰もいない。
時々、犬を連れた人が通り過ぎていくくらいのものだ。
俺は満開の時期より、咲きかけか散り際の方が好きなので今見られたことの方が贅沢に思えた。
「今年も見に行けなかったな」
「何をだ?」
「薄墨桜を見に行こうって去年約束しただろう」
俺が言うと、手塚は今思い出したという風に頷いた。
「今年は忙しかったからな。…忘れていた」
「俺もだ。思い出したときには、すっかり開花時期が終わっていたよ」
本当のことを言うと、ギリギリ間に合う頃に思い出していた。
慌てて宿を探したのだが既に遅く、もうどこも空いていなかった。
迂闊な自分が恰好悪くて、それを手塚には言えなかったのだ。
「来年の楽しみに取っておけばいい」
桜を見上げて、手塚は静かな声で言った。
「そうだな」
俺も同じように桜を眺めてから頷いた。
一年後の約束を当たり前のように口に出してくれることに感謝して、缶に残ったビールを一息で飲み干した。
「もう飲んでしまったのか?」
まだろくに花も見ていないのにと呆れる手塚に、俺は笑って見せた。
「うん。乾杯したの」
「何に、だ」
お前に。
そういう替わりにキスしようとしたら、ひらりと逃げられた。
散る花びらのような身軽さで。
2005.5.11
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「薄墨桜」を見に行かせるのを忘れていたので、これを書いてみました。本当に忘れてました。馬鹿です。この分じゃ来年もあやしいです。
北海道は今、咲いてます。7分咲きってとこでしょうか。実はソメイヨシノよりエゾヤマザクラが好きな私です。
それにしてもあまりに捻りのないタイトル…。
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