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■紺3

タコスもチリビーンズも全て平らげたので、俺と手塚はそろそろ引き上げることにした。
二人ともビールの4、5本くらいで酔ったりはしない。
商店街の端から端までを見たあとで、わざと遠回りしてマンションに戻った頃には、わずかばかりの酔いは完全に冷めてしまっていた。

「浴衣は、見た目ほど涼しいものじゃないんだな」
「ああ。結構暑い」
二人切りのエレベータの中で、手塚は煩そうに自分の前髪をかきあげた。
浴衣から覗く腕は白いが、汗をかいた顔は少し上気して見える。
「早くシャワーを浴びたいところだな」
他に人がいないからか、手塚は襟元を少し緩めた。
俺の視線はそこに集中するが、手塚は気づいてない。
笑いながら「同感」と答えたところで、丁度エレベータが5階についた。

馴れない下駄を脱いで部屋に入ると、手塚はまっすぐに自分の部屋に向かう。
「暑くてかなわんな」
と独り言のように呟く背中を追って、俺も一緒に手塚の部屋に入った。

「…どうしてついてくるんだ?」
手塚が振り向く。
「手塚国光さんが浴衣を脱ぐのをお手伝いしようかと思いまして」
「必要ない」
「まあ、そう言わずに。滅多にあることじゃないんだし、ぜひともこの手で脱がせたい」
俺はにっこり笑ったのだが、手塚はあくまで無表情だ。

「いいから出て行け」
「や、です」
俺は素早く手塚の後ろに回りこみ、手塚を捕まえる。
そして後ろから手を伸ばして、緩んだ胸元に差し込んだ。
少し汗ばむ肌が触れた。

「苦しい。放せ」
口ではそう言っているが、さほど抵抗する様子は無い。
「浴衣ってさ、こういうことをするためにあるような作りじゃない?」
俺は差し込んだ手を更に奥へと侵入させた。
「こんなところまで簡単に入れられる」
湿った肌を指の腹で撫でると、手塚の身体がぴくりと緊張した。

「確かにそうだな。でもお前は自分も同じだってことを忘れてないか」
手塚はふ、と軽く笑ってから、すっと引いた身体を反転させると、両手で俺の襟元を掴んで強引に左右に開いた。
そして俺の首筋に唇を押し当てたかと思うと、そのままゆっくりと俺の肌の上を移動して、辿り付いた鎖骨に軽く歯を立てた。
途端、ぴりっと弱い電気が走るような刺激があった。

「噛むなよ」
「先に仕掛けたのは誰だ?」
手塚の言う通りなので、挑発的に俺を見上げる顔にただ苦笑を返すしかない。
だが、そっちがそうくるなら俺も遠慮はしない。
手塚の顎をつかんで上を向かせ、唇を重ねた。
数秒間感触を味わってから、少し開いた隙間から舌を差し込むと、手塚もすぐにそれに応えた。

細い腰を引き寄せ強く抱きしめると、手塚の両腕が俺の背中を抱く。
俺は唇を合わせたままで手塚の浴衣の裾を開き、片手を中に滑らせ足を撫でた。
唇の端から手塚の吐息が零れ、背中に回った手に力が加わった。

長いキスを終えて、唇を放した時には二人とも息が上がっていた。
何も言う必要はなかった。
俺と手塚は無言でベッドルームに移動し、そのまま白いシーツの上に倒れこんだ。
同時に手を伸ばし、互いの首を抱きながらキスを再開させたたときには俺達の体温は確実に上昇していた。

浴衣を着たまま抱き合うのはかなり窮屈だ。
だが、そのもどかしさがかえって火を点ける。
どうやったのかはまるで憶えていないが、いつのまにか帯は何処かに行ってしまい、浴衣だけが身体に絡まっていた。
俺はまだ両腕を通した状態だったが、向かい合わせで俺の上にいる手塚はかろうじて右の肩だけに青い生地が引っかかっている有様だ。

俺は紺色を肌にまとわりつかせた手塚を抱いた。
下から突き上げる度に、手塚は激しく仰け反り白い喉を俺の目の前に晒す。
その喉に舌を這わせ、すっかり乱れた浴衣ごと抱きしめた。
濃い青を張り付かせた肌は艶を増していく一方だ。
中も外も、今日の手塚はひどく熱い。
その熱に煽られて、俺は立て続けに手塚の中に迸らせた。



ようやく荒い呼吸が収まってきた手塚の腕から、絡み付いている浴衣をそっと脱がせた。
手塚はうつぶせたまま、目を開くことも出来ないようだ。
少し楽になったのか、大きく息を吐いた。
こんなに乱れた手塚を見るのは久しぶりだ。
ぐしゃぐしゃになった後ろ髪を指で梳かしてやった。

俺が手塚の浴衣姿に欲情したように、手塚もいつもと違う俺を見て、少しは同じような気持ちを持ってくれたのだろうか。

「この夏、もう一度くらい浴衣を着る機会があるかな」

手塚は薄く目を開いて俺を見た。
それから何度か呼吸を繰り返した後で掠れた声を出す。
「花火大会とか…探せば何かあるんじゃないか」
「見つかったら、もう一度着てくれる?]

次に手塚が浴衣を着たら、俺はどうなるだろう。
きっと、今夜のようにその姿に欲情する。
そして、今夜の記憶が更に俺の欲を増長させる。
それは疑いようも無く。

「着てやってもいい」
唇の端を僅かに上げた手塚は、間違いなく俺の言ったことをわかっている。
今の薄い笑みにはそういう意味が込められている。

俺は脱がせた浴衣を手塚の身体にふわりとかけた。
濃い夏の夜空のような青が、手塚の白い肌を隠した。



その色は、夏の間中、俺の眼に焼きついたままだった。



2005.8.10
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やっと終わった。良かった。浴衣でえっち。それさえ書ければ本望さ。