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■クリスマス話オマケ
※「SILENT NIGHT」のベースになった話です。
イブの夜といっても特別なことなど何も無い。
巷のお祭騒ぎにうかうかと乗っかるのもつまらない。
平穏な日常の少しだけ静かな夜。
だけどこんな夜を、普通に過ごせることがどれだけ大切か知っている。
だから感謝したい。
今隣にいてくれる存在に。
「本当にいつもと同じだったな。食事くらいもう少し凝ってもよかったね」
乾が綺麗に空いた食器を手にして立ち上がると、ワインの空き瓶を持った手塚も腰を浮かせる。
「俺には十分立派なディナーだったが?」
「そうかな。簡単なものばかりだったよ」
洗い始めた皿の数は確かにいつもよりは多いけれど、出来合いのローストチキンがメインではちょっと寂しかった気がしなくも無い。
「お前が作ったソースが上手かったから、出来合いという感じは無かったな」
「そう?あれも簡単なんだ。テレビで作り方を見たんだよね」
手塚は後片付けを手伝うつもりなのか、セーターの袖を捲くろうとしている。
「あ、いいよ。俺一人で十分」
「いや、手伝う」
「いいから座って休んでて。顔赤いよ。酔ったんじゃないか?」
「…そうか?」
手塚は決してアルコールに弱いわけではないが、すぐ顔が赤くなる。
普段が色白なせいで余計目立つのだが、本人もそれを気にしているところがある。
「手塚、日本酒だと平気なのにワインだと酔うよね」
「酔ってる自覚はないんだがな。…そんなに目立つか?」
振り返るってみると、手塚はテーブルの上を拭きながら眉間に皺を寄せていた。
「コーヒーでも入れる?」
乾が後片付けを終えてから聞くと、ソファに座っていた手塚が立ち上がった。
「緑茶が飲みたいから、俺が煎れる」
コーヒーや紅茶は乾がいれるが、緑茶だけはより慣れている手塚が煎れる。
一緒に暮らす間に、何時の間にかそういうルールが出来上がった。
暮らし始めた頃は、お互いの生活習慣の違いに驚いたり笑ったりしていたが、今では新しい習慣が自然と身についてきている。
こうやって少しずつでも確実に二人で暮らすことが当たり前になっていくことが嬉しい。
きっとそのうち、離れていたことを不思議に思うくらいになるのだろう。
手塚が自宅から持ち帰った旨い緑茶を味わいながら、そんなことを思った。
「明日、映画でも見に行こうか」
乾がそう言うと、湯のみを掌で包み込んでいた手塚が顔を上げる。
白く長い指に藍色の湯呑み茶碗が綺麗に映える。
「明日だと混んでいるんじゃないか?」
「そうでもないんじゃないかな。なんなら、混みそうな映画を避ければいいんだし」
どうする?と目で聞くと、手塚は少し考えるような表情をしてから頷いた。
「行く」
「よし。じゃ、決まりね。候補はいくつかあるから後で選んでくれ」
乾は立ち上がると、自分の部屋からリボンのかかった箱をひとつ持ってきた。
「明日出かけるとき、これ着てくれる?」
そう言って、箱ごと手塚に手渡した。
「俺に?」
「うん。開けてみて」
手塚は受け取った箱を一度じっと眺めてから、丁寧な仕草でリボンを外す。
恐らく子供の頃からそうしつけられているのだろう。
乾は手塚が物をぞんざいに扱うところを一度も見たことがなかった。
破らずに包装氏をはがし、手塚の細い指がそっと箱のふたを開けた。
「セーター…か?」
「そう」
手塚はふたを手にしたままで箱の中身を見つめている。
その眼鏡のレンズにオレンジ色が反射していた。
「あまり着た事がない色だが、俺に似合うだろうか」
「絶対似合うよ。保証する」
乾が選んだセーターは少しくすんだオレンジ色。
丁度柿のような色をしていた。
手塚は黙ってセーターに手を伸ばし、表面を指先だけで軽く触れた。
「柔らかいな。カシミアか?」
「うん。手塚、肌触りのいいものが好きだからそれがいいかなと思ってね」
手塚が服を選ぶ基準は見た目ではない。
着心地のいいもの、肌さわりのいいもの。
それが優先で、デザインはごくオーソドックなものを好む。
子供の頃は今よりずっと肌が弱く、天然繊維ばかり着ていた名残らしい。
「ありがとう。安いものじゃないのに、気を使わせたな」
嬉しそうと言うより申し訳なさそうに言うのが手塚らしい。
「どういたしまして」と笑うと、ほっとしたように手塚も微笑んだ。
「ちょっと待ってろ」
手塚が立ち上がり、急ぎ足で自分の部屋に入っていく。
そしてすぐに小さな包みを持って引き返してきた。
「俺からだ」
立ったまま手渡されたものは、とても軽い。
「開けていいのかな」
「ああ」
小さな箱なので、直ぐに中味が現れた。
「え?これを手塚が選んだの?」
「悪いか」
となりに座りなおした手塚がむっとした顔になる。
だが、その顔は明らかに照れている。
それもそうだろう。
手塚が選んだものは、とても手塚から想像がつかないものだった。
「ipod nanoだよね?これ」
「らしいな」
自分で選んでおいて『らしいな』じゃないだろう。
乾は噴出したいのを我慢して、貰ったばかりのプレゼントを眺め回した。
「小さいなあ。これで40GBってのがすごいな。よく売り切れてなかったね」
「早めに買っておいたからな。そのせいで、ボーナスが出たらお前が自分で買ってしまうんじゃないかとちょっとハラハラしたが」
多分手塚は気づいていたのだろう。
今まで乾が通勤中に使っていたプレイヤーが壊れてしまい、新しいのを買おうかと独り言のように言ったのをちゃんと聞いていたのだ。
「すごく嬉しい。本当はそのうち買おうと思ってたんだ。ありがとう」
「そうか」
無愛想な返事だが、表情は柔らかい。
きっと乾が本気で喜んでいることに安堵しているのだ。
そう思うと自然とこちらの顔も緩んでしまう。
デジタルオーディオプレイヤーなんて、手塚の領域外の物を、一体どんな顔で買いにいったんだろう。
きっと手塚には一大決心だったに違いない。
険しい顔で売り場に立ち、商品を睨みつけている手塚の姿は想像に難くない。
「お前、何を考えているか丸わかりだぞ」
「それはどうも」
自分でもにやついているのはわかっているが、どうしても収まらない。
「手塚がねえ…ipodねえ…」
何度も繰り返すと、さすがに「しつこい」と怒られた。
つい笑ってしまったのは、手塚が『らしくないのものを選んだ』からだけではなかった。
乾が欲しがっていたからというだけで、苦手なことを我慢してまで足を運んでくれた。
後からからかわれるのを承知の上で。
そんな手塚の不器用で律儀な行動が嬉しくて仕方なかった。
乾が別の種類の笑顔を浮かべていることに気づいたのか。
いつの間にか手塚も穏やかな表情になっていた。
「本当にありがとう。大事に使うよ」
「俺も大切に着させてもらう」
「今、着てみてよ」
と強請ると、手塚は首を横に振る。
「駄目だ。汚したら困る」
「汚れるようなこと、するわけないでしょう」
「お前は信用できないから」
手塚にやは珍しく、にやりした笑いを浮かべると、丁寧に箱のふたを閉じた。
さすがにこれだけ長い間一緒にいると、こんなとき何を考えているかは手塚にもお見通しらしい。
着替えの途中で手をだすのを諦め、乾は堂々と手塚の肩を抱き寄せた。
予想に反して、手塚は素直に体重を預けた。
その身体を受け止め、回りくどいことはしないで最初からこうすれば良かったと笑うと、「やっとわかったか」と耳朶を引っ張られた。
2006.01.11
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これは、ほぼ一年前に途中まで書いたものです。クリスマスにアップした「SILENT NIGHT」はこれが元になってます。
実はこれ、お正月話と対になっていて、同時進行で書いてたんですよ。それがなぜだからお正月話のほうのファイルが行方不明になってしまったんです。間違えて消しちゃったのかなあ。それで、がっかりして書くのをやめてしまったのでした。
で、これをベースにして新たに書いたのがあの話だったわけです。あっちにプレゼントのシーンがなかったのは、本人はこっちを書いて満足していたからだったのねー。
でもせっかくだからと、少し手直ししてアップしてみました。ipodも最初はnanoじゃなかった(笑)。ちなみに私は昨年のクリスマスに、プレゼントにしようとipod SHUFFLEを買いに行きました。見事に売り切れてましたよ。ふんだ。nanoは予算の都合で却下。そっちは在庫がありました。悔しい。
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