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■Slight Fever

入浴直後に飲むものは、ミネラルウォーターかスポーツドリンク。
今日も風呂上りに冷蔵庫から500ミリリットルのペットボトルをを取り出し、それを飲みながらソファに向かう。
それがいつもの俺の習慣。
一緒に暮らし始めた頃には時々手塚に行儀が悪いと注意されたが、何度言っても俺がやめようとしないので、最近では何も言わなくなった。


タオルで髪を拭きながらリビングに向かうと、パジャマ姿でソファに凭れている手塚が目に入った。
珍しいことに手塚の前には缶ビールが1本置かれている。
「へえ、珍しいな」と呟いても、手塚からの返事は返ってこない。
近づいてみると、手塚は頬杖をつき目を閉じていた。

寝ているのか?
「手塚」
名前を呼んでもやっぱり返事がない。
顔を覗き込むと、ほんのりと頬が赤く、規則正しく呼吸している。
そっと隣りに座って、手塚の前に置いたままの缶を持ち上げると、すっかり空になっていた。
俺は手塚と入れ替わるようにバスルームに向かったので、俺が風呂に入っている間に飲んだのだろう。

それにしても、こんなことは珍しい。
手塚はアルコールが苦手というわけではない。
勧めれば断わらないし、結構強い方だと思う。
だが、自分ひとりで飲むことは滅多にないし、夏ならまだしも真冬のこの時期。
風呂上りにビールを飲むなんて、俺が知る限りは初めてだ。
それに、たった缶ビールを1本開けただけで眠ってしまうなんてどうしたんだろう?

とにかく、このままでは湯冷めしてしまう。
「手塚、駄目だよ。ここで寝ちゃ」
驚かせないようにあまり大きな声は出さずに起こしてみる。
手塚は少し眉間に皺を寄せただけで、起きる気配はない。
「手塚。ほら。起きて。湯冷めするよ」
今度は肩に手を掛けて軽く揺すってみた。

ん、と小さい声はしたものの、全然身体を起こそうとはしていない。
煩そうに顔を背けているので、まるっきり目が覚めていないわけではなさそうだ。
「早く起きないと、俺が抱いてベッドまで連れてっちゃうよ?いいの?」
冗談半分で言ってみたら、漸く手塚が重そうな瞼を開いた。

長い睫毛がゆっくりと上下する。
三度ほど瞬きをして、とろりとした視線を俺に向けた。
まだ眠そうな目はたっぷりと濡れて、鏡のように俺を映す。
ほんの少しだけ湿った髪の毛も同じように艶やかだ。
いつもは白い頬は淡く色づいて、ほんの数ミリ開いた唇から洩れた息は熱い。

手塚の唇が小さく動いて、声を出さずにごく短い言葉を告げた。
だから、すぐにはそれが自分の名前だとは気づかなかった。
普段よりも濃い色をした唇に見とれている間に、手塚の左手が俺の頬を包んでいた。
それに気づくより早く、手塚が俺の唇を塞いでいた。

ビールの味を確かめる暇もなく離れていった唇を追いかけようとしたら、すぐに二度目のキスがやってきた。
今度は俺の口をこじ開けるようして、舌が入り込んでくる。
予想をしていなかったことに驚き、つい身体を引くと、何時の間にか手塚の両腕が俺の首を抱いていて、それを許さない。
息継ぎすることも出来ない深いキスをしつこく繰り返された。

先に苦しくなったのか、自分から力を緩めた手塚は肩で息をしていた。
だけど、視線は俺を虜にしたままで逃がしてはくれない。
手塚は俺を下から見上げたままで、パジャマのボタンを外し始めた。

「何…やってんの?」
「暑いから脱いでる」
思ったよりも口調はしっかりしていた。
だが、その声はあまり聞いたことがないくらい艶を帯びている。
「お前も早く脱げ」
「え?」

戸惑って動きを止めているあいだに、手塚は俺の肩に引っかかったままのタオルを引き抜く。
そして何も着ていなかった俺の上半身に自分の掌を滑らせた。
「…えーと…手塚君、どうしちゃったのかな?」
焦っているのを悟られないように冗談めかして言った言葉は、手塚にあっさりと斬り捨てられた。

「なんだ?やりたくないのか」
「あ?…いや、そんなことないけどさ」
手塚がどの程度酔っているのかが、今ひとつ読めなくて、俺は語尾をぐずぐずと濁らせていた。
ボタンを全部外し終わった手塚は、普段よりも器用に身体を捻って、俺の下になったままパジャマを脱ぎ捨てた。
そして、俺の耳に唇をくっつけるようにして囁いた。
「さっき、俺を抱くって言っただろう?」
わざと吐息を交えて、俺の耳の中に流し込まれた言葉に、一瞬で血が沸き立った。

「ちょ…っと違うな。抱いてつれてくって言っただけ…だって」
「どうでもいい。早くしろ」
自分で言っておいて、どうでもいいはないだろう。
俺は既にそんな抗議をできる状態ではなかった。

「…ここで?」
「そうだ。早く」
いつもは手塚の方がソファは嫌だ、ベッドがいいなんて言う癖に。
だが、自分で言った言葉にはきっちりと責任を取ってもらうしかない。
構うもんかと、俺は手塚と自分の残りの服を剥ぎ取って、その場で手塚を抱いた。



ソファの上なので、思い切ったことは何も出来ない。
というより、窮屈で取る姿勢にも限りがある。
だけど、そんなことは関係なかった。
恐らく普段の何倍も俺は興奮していたと思う。

手塚の肌はいつもよりずっと熱く、声はとろけるように甘い。
少し触れただけでも驚くほど敏感に反応し、身体を震わせる。
身体は汗で濡れ、睫毛の先まで艶やかに光る。
何度もキスをせがむ手塚に、望むままに与えてやった。
最後の最後に繋がったまま深いキスをすると、手塚は大きく仰け反って俺の腕の中で果てた。


しばらくぼうっとしたあと、重い身体を起こした。
ビール1本でこれだけ乱れてくれるなら、安いものだ。
そんなことを考えながら手塚を見ると、さすがに疲れたのか手塚はぐったりと横たわったまま動かない。

それにしても、今日に限って手塚はどうしてしまったんだろう?
まさか熱でもあるんじゃいだろうな。
馬鹿なことをとつい噴出すと、俺に背を向けていた手塚がいきなりくしゃみをひとつ。


…まさかね。
まさか…だよね?



「それにしてもね。熱があるならあるって言ってくれよ」
「…自分でも気づいてなかったんだから仕方ないだろう」
顎まで毛布を引き上げた手塚は思い切り不機嫌そうな顔をしていた。
頭の下にはアイスパック。おでこには熱を冷ますためのシート。
ベッドの脇にいる俺を怒った顔でにらみつけるのは、間違いなく恥ずかしいのを誤魔化すためだ。

そう。「まさか」はまさかじゃなかった。
「あの」あと、くしゃみをした手塚の額に手をやるとひどく熱かった。
これはやった名残というレベルじゃない。
慌てて手塚にパジャマを着せてベッドに運び、熱を測ると37度6分。
手塚は風邪を引いていたのだ。

それでわかった。
珍しく風呂上りにビールを一気飲みしたのは熱で喉が渇いていたから。
俺を見つめる目が潤んでいたのも、抱いた肌が熱かったのも全部熱のせい。
これがもっと高い熱だったら手塚も自分でわかったのだろうけど。
半端な熱が出たところに、アルコールなんかを摂取したものだから、おかしなことになったらしい。
薬を飲ませて一晩様子を見てみたが、朝になったら熱はかなり下がっていた。

「たいしたことなくて、良かったよ。これで高熱になったら、責任感じるところだった」
皮肉たっぷりに言うと、手塚はますます不機嫌になる。
「…悪かったな。鈍くて」
「確かに鈍いよ。鈍すぎる」
俺は遠慮なく笑わせてもらった。
少しの間、手塚は怒った顔でそれを見ていたが、いきなり毛布から腕を出して俺の肩を掴んだ。

「移してやる」
手塚はそう言い捨てて、俺に思い切りキスをかました。
やり口は子供だったけど、キスは大人のものだったので、俺は甘んじてその仕返しを受けることにした。


夕べさせてもらった体験は、多少の熱となら引き換えにしてもいい。
それに手塚から移される風邪なら、そう悪いものじゃない気がする。

多分それは気のせいだろうけど。


2006.2.13
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本人も忘れていた風引き祭。今回は手塚で。

タイトルは「微熱」という意味です。漢字で「微熱」だとすぐにオチがばれそうだったので、英語で。医学的には平熱が何度だろうと、37度台は微熱に入るらしいですよ


最初はもうちょっとえっち描写が細かかった。いつまでも終わりそうになかったので、大幅にカット(笑)。バカップル上等。