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■COFFEE BREAK

ここ数日、手塚は夜になるとテレビの前から動かなくなる。
手塚が真剣な顔で見る番組はごくわずかで、ほぼ報道番組かスポーツ番組に限られている。
今手塚が見ているのは後者だった。
冬季オリンピック。
それが開催されて以来、手塚は毎晩遅くまでテレビの前に座るようになっていた。

夕食を済ませた後、急いで片付けを済ませた手塚は、指定席となっているソファに座りテレビのスイッチを入れた。
CMが嫌いな手塚が見るチャンネルは既に決まっていたが、一応新聞で始まる時間を確認している。

「まだ少し時間がある。コーヒー、飲まないか?」
新聞を広げる手塚の前に、俺は買ったばかりのチャコールグレイのカップを置いた。
「ああ、悪いな」
手塚はガサガサと新聞を畳んで、カップを持ち上げた。
どうやらそのコーヒーカップが真新しいものであることには気づいてないらしい。
やっぱりと、俺は心の中で笑っていたが、流石の手塚も別のことには気がついたようだ。

「ん?何か甘い香りがする」
カップに口をつける前に、手塚はすうっと息を吸い匂いを確かめる仕草を見せた。
「あ、わかったか?今日のコーヒーにはチョコレートリキュールが入ってるんだ」
「ああ、言われてみたらそんな香りだな」
手塚はそっとカップの縁に形のいい唇をつけた。

「どう?」
「ああ、確かにチョコレート風味だな」
納得したように頷く手塚の隣りに座り、俺も同じコーヒーを味わった。
甘さは殆ど感じないが、鼻に抜ける香りはチョコと一緒だ。
「うん。悪くないね」
「そうだな」

常にこの香りだと邪魔になるが、たまにほっとしたいときに味わうには丁度いい。
特に今日という夜、この香りはとても相応しい。
だけど、俺の隣りに座る手塚はそんなことにも気づいていない。



「手塚、わかってないだろう?」
多分俺は笑顔になっていたのだろう。
手塚は不思議そうな顔で首を傾げた。
「何がだ?」
「バレンタインだよ、今日は」
「あ、今日は14日か?」
手塚は、俺に言われてようやくカレンダーを探している始末。

「ハッピーバレンタインってことで、チョコ入りです」
俺がカップを持ち上げて笑いかけると、手塚は片眉を上げて横目で俺を見ていた。
呆れ顔の手塚に向かって俺は開いた片手を差し出した。

「で?手塚は何をくれるのかな」
「…何もない」
「ふーん。そうなんだ」
予想通りではあったが、わざと大袈裟に言ってみる。
手塚はそれを綺麗に無視して、残りのコーヒーを啜っていた。

「じゃ、今日のところは手塚からのあまーいキスで手を打つよ」
俺は身を乗り出し、手塚の左手からカップを奪う。
そして、手塚の顎を軽く持ち上げ俺の方を向かせた。
「お前は時々虫唾が走るほど気障だな」
「それは…どうもありがとう」
「褒めてない」

俺と手塚は目を合わせて小さく笑いあった。
それから手塚はゆっくりと両腕を俺の背中に回し、唇の先が触れるだけの軽いキスをした。
これだけかと言おうとしたら、すぐに二度目のキスをされた。
今度は少し長い時間、ぴったりと唇が重なり、背中に回された腕にも力が加わる。

唇を離すと、ふっと吐息が顔にかかる。
甘い香りについ頬が緩む。
だが、名残を惜しむ前に眼鏡を奪われ、三度目のキスを仕掛けられた。

入り込んできた舌は艶かしく動き、俺の口腔を弄る。
その上、抱きしめられる腕の力は恐ろしく強く、息が止まりそうになった。
だけど自分から唇を離すのは悔しいので、負けずに俺も手塚の身体を力いっぱい抱き寄せた。
後は根競べをするように、執拗にお互いの唇を貪った。

結局、ふたりとも息が続かなくなり、ほぼ同時に力を緩めた。
肩で息をしながら俺達はくすくすと笑いあった。
手塚は乱れた髪を自分で直し、ゆったりとソファに体重を預けた。
少し紅潮した顔に前髪が影を作るのが色っぽい。

チョコレートよりも遥かに気の利いた贈り物に、俺は満足して微笑んだ。
だけど、身体の方はもうちょっと欲張りだったらしい。
もっと手塚を味わいたくて、俺は手塚の耳元で囁いてみた。
「…続きやらない?ベッドで」
「駄目だ。テレビを見なくちゃ」
俺の取って置きの誘いをあっさりとかわし、手塚は済ました顔で眼鏡をかけなおしている。
どうも本気でテレビをみる体勢に入ったようだ。

「手塚は俺よりオリンピックを取るわけ?」
「当たり前だ。オリンピックは4年に一度だぞ」
冷たい口調でそう言われたらもう諦めるしかない。
渋々と眼鏡をかけると、手塚の笑った顔が目に入った。

「お前とはいつでも出来る」
そうだろう?と言いたげに艶めいた視線を俺に投げかけ、手塚は薄い唇の端を上げていた。
襟元は少し乱れているのを直さないのは、もしかしたらわざとなのか。
そんな顔で言われては、もう俺には選択肢は残っていない。

「はいはい。わかりましたよ。そのかわり、週末にでもじっくりつきあってもらうからな」
「いいだろう。それまで体力を温存しておけ」
偉そうな台詞に苦笑して、俺はカップに残っていたコーヒーを飲み干した。
甘い香りは既に飛んでしまっている。

既にもうテレビ画面に釘付けになっている手塚の横顔を見て、俺が思うことはただひとつ。
どうか、この週末は手塚の好きな競技の放映がありませんように。


2006.2.14
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今日もやっぱりバカップル。

乾たんの願い虚しく、週末は手塚の好きな競技が目白押しだったりするのよ、きっと。
そのあげく、テレビ放送のない時間を選んでやったりするんだよ、手塚は。
ムードも何もあったもんじゃ…と嘆きながらも乾はやることはやります。そんなヘタレな乾を私は愛しているのです。

この中に出てくるチョコレートリキュールはゴディバのものです。つい先日、この話を書く為に買いました。ほんとです。試しにホットミルク(いぬい牛乳使用)に入れてみたんだけど、その時点は鼻が詰まっていたので全然香りがわかりませんでした。なんだかなあ。

手塚はキス好きってのがMYデフォルトだったりしますのよ。ほほ。