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■COQUE

12月に入って最初の日曜日のことだった。
「手塚は風邪気味みたいだから、昼食は身体が温まるものにしよう」
そう言い残して、乾はなんだか妙に嬉しそうな顔で買いだしに出かけて行った。
俺も行こうかと、手塚は声をかけたのだが、風邪引きは大人しくしていろと言われてしまった。
数回くしゃみをしただけで大袈裟なと思ったが、乾は手塚が風邪を引くと、なぜか張り切りたがるので、好きにさせておくことにしている。

買い物から戻ってきた乾は、昼にはまだ一時間もあるのに、いそいそと昼食の準備を始めた。
手伝おうとしても、どうせ断られるのはわかっていたので、手塚は自分の部屋に引っ込み、読みかけの本を開いたのだった。
日曜の午前中に読書をするのは稀なことだ。
集中できるだろうかと思ったが、好きなミステリー作家の新作は期待を裏切らない面白さで、いつの間にか活字を追うことに夢中になっていた。
声をかけられるまで、すっかり昼食のことは頭からなくなっていた。

「昼食、出来たよ」
「ああ、ありがとう。今行く」
「ちゃんと上に何か羽織って」
またか、と思いつつそれに従うのは、実際にそうしなければ乾はドアの外に出してくれないとわかっているからだ。
何年も一緒にいれば、手塚だって、それなりに学習するのだ。

カーディガンに袖を通しながら部屋を出ると、とたんに出汁のいい匂いがする。
「旨そうな匂いだな。うどんか?」
「当たり。鍋焼きうどんにしました」
テーブルの上には一人用の土鍋が二つ並んでいて、盛大な湯気を立ち上らせていた。
「熱いうちに食べよう。舌を火傷するなよ」
促されて食卓に着き、改めて土鍋を覗くと、かなり具沢山のようだ。

かまぼこにほうれん草、斜めに切られた葱、椎茸と鶏肉、それに大きな海老天も乗っている。
考えてみたら、鍋焼きうどんを家で食べるのは久しぶりだ。
実家に住んでいた頃は、冬になると食卓に上ることはあった。
だが、そのときは出されるものは、何も考えずにただ食べるだけで、作る手間なんて考えたことがなかった。
こうやって目の前のうどんを見てみると、作るのは案外手間がかかるものだったのだなと思う。
なるほど、乾が買い物から帰ってくるなり準備を始めたのも頷ける。

「いただきます」
箸を手に取り食べようとすると、乾は手塚の前に、真っ白なものを差し出した。
「忘れてた。これも乗せてくれ」
反射的に受け取ると、乾は温泉卵だよと言う。
「温泉卵?」
「知らないの?」
向かい合わせに座った乾が、首を傾げる。

「まさか。でも、うどんに入れたことはないな」
「へえ、そうなんだ。俺、生卵を落とすのが苦手でね。でも煮込みすぎたのも好きじゃなくて、いつもこれなんだ」
美味しいと思うよ、と乾は笑い、卵を割った。
手塚も倣って、手渡された卵の殻を割り、中身を湯気を立てる土鍋の中に滑り落とした。
とろんとした塊が、たっぷりの汁の中に半分沈んだ。

しばらく大人しく麺をすすっていた乾が、ふと顔を上げた。
「こういうとき、卵をどのタイミングで、どうやって食べるかで性格分析出来そうじゃないか?」
そのとき手塚は、ちょうどレンゲで卵を掬い取ろうとしていたときだった。
乾は、箸の先で卵の黄身を突きながら、面白そうに笑っている。
「先に食べるか、後に食べるか。そのまま卵だけを食べるか、崩して麺にからめるか。色んなパターンが考えられる」
食事時にまでそんなことを考えるのかと、少々呆れたが、その一方でつい自分ならどうするかを思い出そうとしていた。
大抵はいつもこうやって、乾のペースに乗せられてしまうのだ。

「ちなみに俺は、ある程度黄身が温まった頃に、そっと崩して食べるのが好きだな」
「俺は見ての通りだ」
手塚はもう卵だけをレンゲに乗せてしまっている。
「汁が濁るのが嫌い?もしかして」
「そう、かもしれない」
「手塚らしいな」
何がおかしいのか知らないが、乾は楽しそうな調子で小さく笑った。

「そういえば、温泉卵って」
そこまで言って、乾はぴたりと口を閉じた。
「何だ?」
「いや、なんでもない。冷めるから食べて食べて」
お前が話しかけるから食べられないんだろうと思ったが、いちいち言っても仕方がない。
レンゲに掬い取ったままになっていた、白くとろりとした卵を口に運んだ。
その瞬間、手塚は思いがけない言葉を聞いた。

「共食い」

まったく意味がわからない。
うどんを食べるのでさえも、乾の前では難儀なことだと、少し思った。


2006.12.02
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温泉卵で乾塚。何をやっているのですか、私は。

だってだってだってだって、浮かんじゃったんだもん。書きたくなっちゃったんだもん。
ええ、もういいんですよ。ここはこんなサイトですよ、と開き直ってみる。

温泉卵、大好きなんです。生卵が苦手なので、私は生卵かけご飯とか、生卵を落としただけのものが食べられない。それで温泉卵を変わりにするのです。うどんにも入れます。
それでこんな話が出来ました。ああ、またオフリミで食べ物ネタを…(笑)。

タイトルはフランス語で「卵」のこと。そのまんまです。卵と表記するか、玉子にするかで最後まで悩みました。なんとなく卵の方がいやらしい気がしたので、卵を採用。

脳内温泉卵ブームのきっかけを与えてくれたY様。どうもありがとうございました。これはY様に捧げさてくださいませ。