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■INTERMISSION3 −SPOT−
乾に言われるまで知らなかったのだが、肩甲骨の内側、背中のほぼ真ん中くらいに小さなほくろがあるのだそうだ。
乾が最初に気づいたのは中学のときで、手塚が部室で着替をしているときだったらしい。
間近でそれを確かめたのは、その2年くらい後のことで、場所は乾のベッドの中。
初めて背中に黒子があることを手塚に教えたのは、更にその数年後で、場所はやっぱり乾のベッドの上でのことだった。
それ以来、乾は時々思い出したように、背中のほくろを触るようになった。
「ほら、ここだよ」
乾は笑いながら、うつ伏せになった手塚の背中を、そっと指で押した。
部屋が程よく暖まっているのと、まだ身体から熱が引ききっていないので、裸のままでも寒くなかった。
「ここにね、小さい黒子が一個あるんだ」
よく見ないとわからないけどねと付け加え、指先ですうっと背中を撫でた。
「あとは本当に真っ白。何もない」
先ほどまでの余韻が残る肌は、僅かではあるが反応を示した。
それに乾が気づかないはずはないが、あえて何も言わないつもりのようだ。
「そんな小さなほくろに、よく気がついたな」
自分なら、よっぽど目立つものでない限り、部室での着替え中に目に止まるなどということは、ありえない。
「目は悪いけど、観察眼は鋭いから」
「自分で言うか?普通」
「だって、本当のことだし」
肘枕で横たわる乾は、楽しそうに目を細めた。
「手塚以外の背中なら、気がつかなかった」
寝たままであっても、乾の長い腕は楽に手塚の項に届き、丁寧な動きでもつれた髪を梳いてくれる。
「綺麗な背中だよね」
同意を求められても、自分で見たわけではないので、返事のしようがない。
黙ってうつ伏せたまま、手塚は視線だけを乾に送った。
乾の指が、項から背骨に沿って少しずつ下がっていく。
「ここにほくろがあるのを知ってるのは、俺だけ?」
「今のところ、指摘したのはお前だけだ」
さっきの質問と違って、この問いにならすぐに答えられた。
「ふうん」
乾はにやりと唇の端を上げると、そのままの形で手塚の肩口にキスを落とす。
そして、さっき示した場所をもう一度指先でなぞり、笑いの混じった低い声で囁いた。
「時々、ここを舐めたりしてる。知ってた?」
「趣味が悪い」
「そうかな。でも、嫌がってる様子は一度もなかったけど」
くすくすと乾が笑うたびに、耳元に息がかかる。
背中をたどる指と、耳に届く吐息の両方がくすぐったく、気持ちが良かった。
「喉を撫でられてる猫みたいだな」
「俺のことか?」
「うん。すごく気持ちが良さそうだ」
「気分はいい」
「いいのは気分だけ?」
手塚の首の後ろから指を差込み、乾はゆっくりと髪をかき回す。
「知りたいなら、自分で確かめればいい」
「いい返事だ」
乾は横になった手塚の身体を軽がるとひっくり返し、唇を重ねて腰から脇腹を掌で撫で上げた。
確かめているのか、呼び覚ましているのか。
ゆっくりと動く乾の掌は、手塚の反応を敏感に察知する。
乾といると楽だと思うのは、こんなときだ。
いちいち言葉にしなくても、手塚のことなら手塚以上に察してくれる。
覆いかぶさるように体重を預けてきた乾の首に、自分から両腕を絡めて応えた。
一度も乾には言ったことはないが、乾の右の耳の裏側に小さなほくろがあることを、ずっと前から知っていた。
それを見つけたのは、乾が手塚のほくろに気づいたのと同じ頃だったろう。
多分、乾自身は今でも気づいていない。
乾と違って、手塚はそのことを乾には言わなかった。
深い意味があってのことではないが、自分だけの秘密が欲しかったのだろうと思う。
胸にしまいこんでいても、決して重荷になることはない、ほんのささやかな秘密が。
乾の身体を抱きとめたまま、目の前の耳朶に軽く歯を立てた。
手塚が噛むのは必ず右側だと言う事を、きっと乾はわかっていない。
遠まわしなヒントから、いつか乾が正解を導き出すことがあるのだろうか。
乾本人なら、その確立を計算できるのかもしれない。
人のことばかり敏感で、自分のことには意外と鈍い男の耳朶を、少し強めに噛んでやった。
2006.12.06
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手塚の背中に小さなほくろがあるって設定は、別のシリーズで先に書いたのでした(さて、どれでしょう?)。でも話的にはオフリミのほうがしっくりするので、こっちでも使いまわし。
ほくろは英語ではmole。それじゃ、あまりにひねりがないなあと思ったので、「spot」。こっちにもほくろという意味があるんですけど、ここはぜひ深読みしてください。
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