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■INTERMISSION 風解
最近、あまり煙草を吸わなくなった。
手塚が煙いのを嫌うので、まず家で吸うのを止めたのが始まりだったと思う。
最近では、職場にしろ公共の場所にしろ、喫煙者を取り巻く環境は厳しくなる一方で、吸うにも色々と気を使う。
だから、吸わなくて済むものならそれに越したことはない。
そもそも、煙草は身体に悪い。
それでも時々、とても煙草が欲しいと感じるときはある。
大抵は、そのとき煙草を持っていなければ、そのまま諦めてしまえる程度の欲求だ。
口が寂しいのを紛らわすのなら、ガムでも噛んでいればいい。
だが、たまたま今日は貰い物の煙草が目の前にあったのだ。
久しぶりに吸ってみようという気になったのは、ただ気分転換がしたかったのだと思う。
仕事は朝から忙しかったが、上司の決済を待たねば先に進めない状態で、30分ほどの待ち時間があった。
それくらいの時間があれば、煙草を一本味わっても、お釣りがくる。
俺はちょっと休憩して来ると同僚に声をかけ、屋上へと向かった。
手には久しぶりに未開封の煙草の箱とライターを持って。
軋んだ音を立てる重いドアを開くと、そこには誰の姿もなかった。
いくら良く晴れているとはいえ、季節は冬だ。
そんな物好きは自分くらいのものだろう。
煙草を日常的に吸わなくなってから、吸うときは専らここに来る。
どうも、狭い場所で煙を燻らせるのが好きではなくなったようだ。
屋上ならどこで吸ってもいいわけでなく、喫煙スペースは限られている。
灰皿とベンチのある場所に移動し、そこに座って煙草に火をつけた。
久しぶりの煙草の香りだ。
深く吸い込むと、ゆっくりと血の気が引いていく感じがする。
一瞬、視界も少し狭くなったように思うが、多分それは錯覚だろう。
こんな感覚を味わうのは、たまにしか吸わなくなってからのことだ。
それは決して不快なものではなく、むしろ不思議な心地よさがある。
ベンチに深く座って、背もたれに身体を預け天を仰いだ。
良く晴れた青い空は、夏のような眩しさはない。
確かに風は冷たいけれど、それほど寒さは感じなかった。
元々、冬は嫌いな季節ではない。
空気自体に青い色がついているような気がする。
そういえば、青という色は、いつも手塚を連想させる。
深く静かに澄んだ水を湛えた湖や、冬の早朝のきんと冷えた透明な青い空。
孤独で、果てしない青さは、手塚に良く似合っていた。
決して手の届かない、凛とした青に、俺はずっと憧れ続けていたのだ。
だけど、届くはずのない人は、今は俺の隣で笑ったり眠ったりしている。
どうしてこうなったのかを考えると、不思議でしょうがない。
運命なんて胡散臭い言葉を信じていいのかどうか、わからない。
だけど、そばにいるのが何よりも自然だと思えるのは、やっぱりそういうことなのかもしれない。
きっと、これはただの感傷だ。
今日の空の色が、あの頃見上げた空に、よく似ていたから。
でも、たまにはこんなのも悪くない。
煙草一本を吸い終わるくらいの時間ならば。
ゆっくりと、ゆっくりと吐き出した煙は、澄みきった冬の空気に混じり合い、やがてふうっと消えていった。
2006.12.22
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乾はテニスを止めたときから、煙草を吸うようになったってのがマイデフォルト。
でも似合うよね、乾には。
風解の意味は、ぐーぐるで検索すればすぐにわかりますよん。
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