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■PEACE OF CAKE

とりあえず、絶対欲しいのはチキン。
シャンパンかワインも欠かせない。
ケーキは、まあ、別になくてもいい。
プレゼントは、一週間前から既に用意してある。
あと、必要不可欠なのは、手塚だけ。

今年の12月24日は、そんな風に始まった。

今年の冬は暖かく、雪のないクリスマスイブになった。
もっとも俺が覚えている限りでは、ホワイトクリスマスなんて殆ど経験したことがない。
いつもの日曜日なら、目覚まし時計を気にせず、ゆっくりと起きるのだが、今日は少し早く目が覚めた。
特に楽しみにしていたつもりはないけれど、それなりに意識していたのだろうか。
既に俺一人になっていたベッドを抜け出しリビングに向かうと、手塚がソファに座ってコーヒーカップを片手に新聞を読んでいるところだった。

「おはよう」
「おはよう。…俺の分は?」
「ある。少々、煮詰まっているかもしれないが」
手塚が指差した方向に目をやると、ちょうどカップ一杯分くらいのコーヒーが入ったサーバーが、ウォーマーの上に乗せられていた。
隣には愛用のマグカップもちゃんと置いてある。

「ありがとう」
さっそくカップに注ぐと、まるで計ってあったようにぴったりの量だった。
もしかしたら、本当に計っておいたのかもしれない。
手塚なら、それもありうる。

湯気の立つカップを手に持ち、手塚の隣に移動した。
時刻はまだ8時半。
手塚は俺が起きるのを待ってから食事にするつもりだったらしい。
まだ何も用意していないようだ。
休日の朝食はいつも遅めに取るから、このコーヒーを味わってからでもいいだろう。

手塚はガサガサと音を立てて新聞を読んでいた。
その様子をぼんやりと眺めていたら、手塚が不意に片手を上げ、テレビの前にあるローテーブルを指差した。
「約束の物だ」
「へ?」

改めて目をやると、そこには綺麗な水色の紙で包まれたものが、ポンと無造作に置いてあった。
四角い包みは、それほど大きいものではなく、厚さは約3センチくらい。
控えめではあるが、ベージュのリボンがかかっているので、ほぼ間違いなくプレゼントなのだと思う。
「もしかして、これ俺へのクリスマスプレゼント?」
「見ればわかるだろう」

確かに12月24日にリボンのかかった箱を見れば、そういう判断をするのが当たり前だ。
だが、なぜ寝起き直後の、このタイミングなのかは理解できない。
「あの、プレゼントを頂けるのは大変嬉しいんですが」
「そうか。それは良かったな」
「や、ちょっと最後まで聞いてくれ」
手塚は新聞から目を上げると、いかにも面倒くさいといった表情を俺に向けた。
ちょっとだけ、悲しい。

「普通、こういうのって、もう少しムードのある渡し方をするもんじゃないのかな」
「ムード?」
「たとえば、ワインで乾杯した直後とか、ディナー後のコーヒーを味わっているときとか、せめて夕食どきまで待って欲しかったんだが」
「男同士で何を甘ったるいことを言ってるんだ」
手塚の場合、これは照れ隠しの発言なのではなく、恐らく本気なのだと思う。

「いや、でも、そういうもんでしょう。だってクリスマスだよ?」
「悪いが俺の家は代々仏教だ」
そういう問題じゃないと主張したところで、徒労に終わるのは目に見えていた。
俺は出来るだけ大きなため息をついてから、ゆっくりと立ち上がった。
そして、一旦自分の部屋に引っ込むと、用意しておいた手塚へのプレゼントを手にして、またさっきと同じ場所に腰を下ろした。

「これは俺から」
手塚は新聞を軽く畳んで、手を出した。
「ありがとう。開けていいか」
「どうぞ。俺も開けていいかな」
「勿論」
朝っぱらから、男二人が並んでぺりぺりと包装紙をはがす光景は、どう考えても間抜けだろう。
俺の予定にはなかった展開だが、まあそれも仕方ない。
段々笑い出したいような気分になってきたが、手塚がまじめな顔をしているので、じっと耐えた。

俺と手塚はそれぞれに貰ったばかりの贈り物を取り出した。
中身が何かは、箱を開ける前から知っていた。
今年はたまたま俺と手塚の欲しいものが一致していて、お互いにそれを贈りあうことにしたのだ。
それでも、手塚がどんなものを選んでくれたのか興味があったし、俺の贈ったものを手塚が喜んでくれるかが気がかりだった。

俺が手塚のために選んだのは、艶のないヌメ革の黒い手帳。
余計な飾りはなく、胸ポケットに収まる程度の大きさだ。
手塚にどんなのが欲しいかと聞いたところ、あまり邪魔にならないサイズがいいといったので、これにした。
見た目はごくごくシンプルだが、上質の革を使っているので、中身を替えれば何年も使えるだろう。
華美なものを好まない手塚には、ぴったりだと思う。

手塚が俺にくれたのは、いわゆるシステム手帳だ。
俺が手塚に贈った物と比べると、ずっと大きく、今まで使っていたものと良く似ている。
それはきっと、わざわざそういうのを探してくれたのだと思う。
前に使っていたのは、俺が就職と同時に買ったもので、長年の酷使にも耐えてくれた頼もしい奴だった。
ボロボロになっても愛着があって中々捨てられずにいた俺には、とても嬉しい選択だ。

そもそも、今年手帳を贈りあうことになったのは、古くなった俺の手帳を見た手塚の発言がきっかけだった。
さすがにそろそろ限界のようだから、替わりに新しいのを贈ろうと言ってくれたのだ。
そういう手塚の愛用している手帳も、革のカバーが傷だらけだった。
では、手塚には俺が新しいのを遅らせて貰う。
それが12月の始めに交わした約束だった。

「いい色だ」
手塚は真新しい革のカバーを、そっと指で撫でていた。
「気に入ってくれたのかな」
「ああ。お前はどうだ?」
「勿論、すごく気に入ったよ」
そうか、とつぶやく顔はいつもと同じに見えるが、ほんの少しだけ口元が綻んでいた。

「ああ、これで今夜の楽しみがひとつ減っちゃったな」
「なんのことだ?」
剥がした包装紙を丁寧に畳みながら、手塚が俺の方を見る。
「プレゼント交換はクリスマスのメインイベントだろう?それを今済ませちゃったら、夜の楽しみがなくなるじゃないか」
「まだ、そんなことを言っているのか」
手塚は本気で呆れているようだ。

「プレゼントがなくなった分、替わりにケーキでも買って来ようかな」
「好きにしていいが、食べきれるサイズにしろよ」
「シャンパンとワインどっちがいい?」
「どっちでも」
「じゃあ、両方買ってくるよ」
「勝手にしろ。どうでもいいが、コーヒーが冷めているぞ」
とことんつれない台詞だが、手塚の機嫌は決して悪くはない。
その証拠に、さっきからずっとレンズの向こうの目が笑ったままだ。

「そしてメインの料理はチキン。それだけあれば、クリスマスを祝うのに十分だよな」
笑いながらそう言うと、手塚は黙ってじっと俺の顔を見ていた。
「それだけでいいのか?」
「ん?何か忘れているか」
俺が首を傾げると、手塚はわずかに顎をあげ、目を細めた。

「お前のことだから、やろうと言い出すかと思っていた」
「手塚は、そのつもりでいたのか?」
「そうだと言ったら?」
手塚の、薄い唇の端が少し持ち上がった。
「嬉しいね。手塚がそういうつもりなら、ケーキがなくても構わないな」
「ケーキ代わりか、俺は」
くすくすと笑い出した手塚の肩に手を回しても、逃げる素振りを見せなかった。

「ケーキよりもずっと美味しそうだけど」
「夜まで我慢できるのか?」
「あやしいな。朝食もまだだからね。かなり飢えているよ」
回した手に力を入れて、手塚の身体を抱き寄せると、自分から体重を預けてきた。

「俺はいつでも構わない」
「珍しいことを」
「クリスマスは特別な日なんだろう?」
「そう、だね」
お互いの唇がくっつきそうなくらい顔を近づけると、手塚の両腕がするりと首に巻きつく。
「お前次第だ、乾」
いつもの薄い色の瞳は、朝にはあまり似つかわしくない色に変わっていた。

どうやら、今年のクリスマスは、計算外の出来事続きのようだ。
プレゼントの交換だって、もう済んでしまっているのだから、メインディッシュの前にデザートを味わうくらいのことは構いはしない。

デザートというには、多少手強い気もするが、味なら既に保証済み。
自ら進んで食べられようとするだけあって、今日のキスは極上の甘さだった。


2006.12.27
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朝からいちゃいちゃ。このあと、またベッドに戻りそうな気がします。

AB型の乾は無駄にロマンチスト。クリスマスには当然のように張り切ります。O型の手塚はそこらへんが理解できないんじゃないだろうか。もー、可愛いな、こいつら。
乾の立てたプランをことごとく粉砕してしまう手塚ですが、ちゃんと責任はとってくれるようですよ。良かったねえ。

「A PEACE OF CAKE」で、「お茶の子さいさい」「朝飯前」とか言う意味。それと、クリスマスケーキを引っ掛けてみた。