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■INTERMISSION 無敵の男
俺も手塚も都内に実家があるのに、滅多に帰ることはない。
その気になればすぐに帰れるのだが、近すぎると逆に、あまり『その気』にはならないものだ。
そんな薄情な俺達でも、さすがに年末年始くらいは実家に帰ろうというのが暗黙のルールとなっている。
大体は俺が二日くらいに自分のマンションに戻り、手塚は三が日を実家で過ごす。
だが、今年は手塚も二日には戻ると言うので、俺が車で手塚を迎えに行き一緒に帰えることにした。
そのついでといってはなんだが、手塚の生家の近くにある神社で初詣をしに行こうという話になった。
手塚が言うには、あまり大きな社ではないが、それなりに格式のあるところらしい。
初詣など、片手でもおつりくるほどの回数しか行ったことはないが、手塚が子供の頃から良く足を運んだ場所だと聞いて興味が沸いた。
神社いう空間は、手塚にとても似合うだろうと思ったのだ。
駐車場が空いていないと困るので、車は手塚の家に置かせてもらった。
神社までは、ここから歩いて15分ほどだという。
散歩がてらには、ちょうどいい距離だ。
幸い天気もまあまあなので、そこを目指し二人並んで歩き出した。
手塚は小さいと言ったが、実際に見てみるとそうでもない。
鳥居をくぐると、左右を林に囲まれた参道が真っ直ぐに続く。
更に何段かの石段を登って、ようやく境内に着いた。
もう午後になっていたからだろうか。
人手は決して多くはない。
見たところ、境内にいるのはざっと15人ほどだろうか。
「あまり混んでないんだな。いつもこんな感じ?」
「午前中ならもっと人が多いと思う」
「やっぱり、知名度の高いところに集まっちゃうのかね」
「そうなんだろう。だが、本来は自分が生まれた土地にあるところに行くものなんだが」
「へえ。そうなんだ」
何度も来たというのは嘘ではないらしく、手塚は慣れた足取りで白砂の上を歩いていく。
俺の方は物珍しさで、つい当たりを見回してしまい、少し遅れて手塚の後をついていった。
風が吹くたびに、手塚は首に巻いたマフラーを片手で押えている。
手塚にはポケットに手を突っ込む癖があるのだが、さすがに神前では失礼だと思うのか、今日は両手を出していた。
ロングコートの裾を翻しながら歩く手塚は、颯爽として恰好がいい。
そんな服装でも神社の空気に馴染んで見えるから不思議なものだ。
社殿の前には参拝をする人が何人か並んでいたので、二人で列の後ろについた。
たいした人数ではないので、すぐに順番が来る。
賽銭箱を前にして、とりあえず財布を開いた。
「これ、普通は幾らぐらい入れるもの?」
「いくらでもいい。要は気持ちの問題だ」
「ふうん。じゃ500円くらいでいいかな」
「好きにしろ」
そういう手塚は、さっさと財布の中から1000円を取り出している。
俺は賽銭箱に入れたときのちゃりんという音が聞きたかったのだが、手塚が1000円なら俺もそうしないといけない気がして、慌ててそれに倣った。
折りたたんで賽銭箱の隙間から差し入れたが、音がしないのはやっぱり寂しい気がした。
鈴を鳴らし、拍手を打ち、深く礼をして、無事お参りは終了。
あとは時間もまだあることだし、おみくじでも引こうということになった。
料金を払い、小さく折り畳まれた紙片が沢山入った箱の中から好きな物をひとつ選んだ。
糊付けされた部分を剥がし、紙を広げている間、何故かおれも手塚も黙りこんでいた。
目を通し終えたのを見計らって、俺は手塚に聞いてみた。
「どうだった?」
「…お前は?」
質問に答えず、俺に先に言わせるのはずるいのではないかと思ったが、隠すほどの事でもない。
「中吉。手塚は?」
「俺は大吉だ」
「すごいじゃないか。さすが手塚だな」
半分本気で、半分冗談でそう言うと、手塚は何やら妙な表情を浮かべていた。
「どうした?嬉しくないのか」
「いや、そうじゃないんだが」
「じゃ、何?」
手塚はなんとも複雑な顔をしていた。
「実はな、俺はこの神社では大吉しか引いたことがないんだ」
「え?本当に?すごいな、それ」
「ああ。だから、俺はこの神社は大吉しか入れてないんじゃないかと、少し疑っていたんだ」
「そんなことはないだろう。実際、俺は中吉だし」
俺の引いたくじを見せてやると、手塚は小さくうなって首を傾げた。
「まだ信じられないのなら、あそこに結んであるやつを見せてもらったら?」
おみくじを売っている場所のすぐそばには、引いたあとのくじが沢山結ばれている低木がある。
「人が引いた物を勝手に見るなんて出来るか」
まあ、確かにそれはそうだ。
うかつなことをしてバチが当たっても困る。
「じゃあさ。子供の頃は、家族と一緒に引いたりしなかったか?手塚以外はどうだったんだ」
「小さい頃の事は憶えてない。少なくとも自分ひとりで来られるようになってからは、必ず大吉だった」
ってことは、手塚は正月のたびに、ひとりで初詣にくるような渋い子供だったのか?
まあ、手塚なら十分ありえるだろうが。
それにしても、何度引いたかしらないが、必ず大吉を引き当てるというのは、やろうと思ってできることでもないし、確率的にもかなり難しい。
「やっぱり、手塚はそういう運命なんだって」
「おみくじでは、必ず大吉を引く運命か?」
手塚は眉間に皺を寄せて、上目遣いに俺を見た。
「うん。向かうところ敵なしって感じ」
「大袈裟だ」
「そんなことはないよ」
難しい表情のままの手塚に、俺は笑って答えた。
中学の頃、俺が憶えている手塚は、本当に敵なんかいなかった。
勿論それは持って生まれた才と、手塚自身の努力で、勝ち取ったものだ。
その上に、神様のご加護まであったのでは、端から勝ち目などなかったのだ。
神様まで味方にする男は、俺なんかが100人束になっても敵うわけがない。
「このおみくじも、結ばなくちゃ駄目なのかな」
俺はおみくじを手にしたまま、手塚に尋ねた。
「いや、悪い結果じゃなければお守り代わりに持って帰っていいらしい」
「じゃあ、記念に貰っておこう。手塚はどうする?」
手塚は少しの間どうしようか考えていたようだが、結局持ち帰るつもりになったらしい。
丁寧に折りたたむと、それを自分の財布の中にしまった。
「少し、冷えてきたな。そろそろ戻る?」
「そうだな。帰るか」
そう言って歩き出したものの、手塚の表情を見る限りでは納得はしていないようだ。
「せっかく大吉を引いたんだ。素直に喜べば?そんな難しい顔してちゃ、ここの神様もがっかりしちゃうよ」
「そう、かもしれないな」
「そうだよ」
玉砂利を踏みながらそう言うと、やや俯いていた手塚もくすりと笑ったようだ。
「手塚が大吉で、俺が中吉なんだ。きっといい一年になる」
「そうだといいな」
ちょうど手塚が顔を上げたとき、少し強い風が吹いた。
乱れた髪を軽く押えたまま、手塚は俺の方を向いて静かに微笑んだ。
これが神様から愛される秘訣なのだろうか。
ついそんなことを考えてしまうくらいの綺麗な笑顔。
勿論、煩悩だらけの俺などは、いとも簡単に惑わされる。
「早く帰ろう。手塚」
俺がそう言い出した理由を、手塚は間違いなくわかっていない。
2007.01.07
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最近おみくじを引いてないなあ。大吉を引いた事あったけなあ?
とか、そんなことを考えていたら、ふと浮かびました。
大吉しか引かない男。ある意味、とても怖いですが(笑)。
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