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■Hot Chocolate

一週間程前に乾と二人で、おでんについて長々と語り合ったことがあった。
どうしてそんな話題になったのかは、よく覚えていない。
恐らく寒い季節は、おでんが美味しいとか、そういうところから始まったのだと思う。

おでんに欠かせないものは何かとだとか、最後は何で締めくくるとかいう話から始まって、家で食べるおでんと外で食べる味との違いだの、どうでもいいことを、割と真剣に語っていたような気がする。
途中からは、雑学王の乾の独壇場となり、関東と関西のおでんの違いを頼んでもいないのにやたらと詳細に説明し始めた。
その頃には手塚はこの話題に少々飽きが来ていたが、結局乾が「黒いはんぺん」が入るという静岡おでんのことを語り終えるまで、つきあってしまったのだった。
昔から、乾は話が長すぎる。

だが、その話をした翌日あたりから、どうにもおでんが食べたくなった。
買い置きしてあるものが、ある程度片付くまではと我慢していたが、たまたま買出しにいったスーパーで美味しそうながんもどきを見つけた瞬間に夕食の献立が決定した。
手塚は今、大学が休みなので時間はたっぷりある。
午後の早いうちから作り始めたおでんは、乾が帰ってくる頃には、いい感じに出来上がった。
恐る恐る味見をすると、我ながらいい味が出ていると思った。
恥を忍んで母に電話して作り方を聞いた甲斐があるというものだ。

残業を終えて、夜の8時過ぎに帰宅した乾も、部屋に入ってすぐに匂いで気がついたらしい。
「もしかして今日は、おでんかな?」
「当たりだ」
「嬉しいな。食べたかったんだ」
にこにこしているところを見ると、まんざら嘘ではないらしい。
急いで着替えを済ませてくると、冷蔵庫からビールを取り出して、食卓についた。

「日本酒の方が合ってるかな」
ビールをグラスに注ぎなら、乾は軽く首を傾げた。
「今日のところはそれで我慢しろ。どうせ今日一日じゃ食べきれない。日本酒は明日、用意しておく」
自分一人で、おでんを作ったことなどないので、何をどれくらい入れればいいのか見当がつかなかった。
とりあえず、美味しそうなものを次々入れていたら、鍋から溢れそうな量になってしまったのだ。
「楽しみにしてるよ」
乾は笑いながら、厚く切った大根に箸をいれた。

遅めの夕食を終えると、あとはいつも通りに、それぞれが好きなようにくつろぐ時間になる。
乾はソファに座ってニュース番組をチェックして、手塚は隣で好きな本を読んでいた。
どちらも一人きりで出来ることなのに、ふたりでいるとほっとしていられる。
10代の頃は、一人でいる方が集中できると思っていたのに、不思議なものだ。

「何か、暖かいもの飲もうか?」
「そうだな。緑茶でいいなら俺が淹れる」
そうは言ったが、顔を上げると、乾はもう立ち上がりかけていた。
「美味しい夕食のお礼に、俺が淹れるよ」
「じゃあ、頼む」
乾は、にっこりと笑うと冷蔵庫の方に歩いていった。
何か凝ったものを作るつもりらしい。
こんなときは乾の好きにさせておくに限る。

しばらくすると、ふわりと甘い香りが漂いはじめた。
読んでいた本を閉じて身体を起こすと、ちょうど乾が戻ってくるところだった。
手には大きめのマグカップを持っていた。
「はい。お待たせ」
厚手で温かみのある乳白色のカップが、静かに目の前に置かれた。

「ココアか?」
手塚の目には、そう見えた。
だが、少し色が濃いような気もする。
「外れ。これはホットチョコレート」
「違うのか?」
「飲んでみたらわかる。熱いうちにどうぞ」
言われるままに手を出そうとしたとき、カップがひとつしかないことに気がついた。

「一人分だけか?お前は?」
「俺はいい。手塚のために作ったんだ。気にしないで飲んで」
乾はソファに深く座りこんで、ただ笑うだけだ。
「じゃあ、遠慮なく頂く」
持ち上げたカップは、程よい重量感がある。
こんなカップが前からあっただろうかと思ったが、憶えていないだけかもしれない。

顔を近づけると、確かに濃厚なチョコレートの香りがした。
それから、微かに洋酒らしい香りも混ざっている。
見るからに熱そうなので、少し息を吹き掛けて慎重に一口含んでみた。
「どう?」
こういうとき、乾は必ず感想を聞きたがる。

「確かにココアとは違うな。もっとコクのある甘さだ」
「材料はチョコレートと牛乳だからね。一応チョコはビターなんだけど」
「洋酒も入っているな」
「うん。風味付けに。で、どう?」
「何が」
「味だよ、味。美味しいか?」

チョコレートの味がすると言ったら、さすがの乾も怒るだろうか。
もう何口か味わってから、手塚はゆっくりと乾の方を向いた。
なにを言い出すか待っているときの顔は、中学の頃と殆ど変わっていない。
「悪くない。寒いときに飲むと、あったまりそうだ」
そうだろう、と乾が言う前に、手塚は持っていたカップを、そっとテーブルの上に置いた。

「だが、少々甘い。全部は飲めそうにない」
「…そう言うと思った」
くすりと笑う乾には、がっかりした様子はない。
むしろ、そう言い出すのを待っていたような口振りだった。

「残りは俺が飲むよ。いい?」
「もしかして、最初からそのつもりだったのか?」
「まあね」
大きいカップにたっぷりと注がれた甘い甘いホットチョコレートは、確かに自分の手には余る。
普段から手塚の好みを知っている乾なら、途中で持て余すことなどお見通しだろう。

「くれる?残り半分」
「勝手に持っていけ」
「違うよ。手塚から欲しいんだって」
ね、と右手を差し出す乾は、にやりと唇の端をあげて笑っていた。
「今日が何日か、わかってる?」
「…ほら」
仕方なく、カップを乾に手渡してやると、乾は満足げな顔でそれを受け取った。

「ありがとう」
自分で作ったものなのに、乾は嬉しそうにカップを傾けた。
「あ、本当に甘いな、これ」
「いいから、黙って飲め」
「はいはい」
乾はくすくす笑いながら、甘い飲み物を少しずつ味わっているようだった。

ひとりでなら持て余しそうな甘さでも、ふたりで分け合えばちょうどいい分量になる。
乾が言いたいのは、そういうことなんだろう。
口に出してしまうと、つまらなくなりそうなので、手塚は黙って目を閉じた。
舌の上に残ったチョコレートの味は、ほんの少しだけほろ苦くて、案外癖になりそうだと思った。


2007.02.14
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オフリミVD話。DVではありません。

バレンタインにおでんを作る男。それが手塚。当サイトの手塚は庶民派です。

実際、これ「おでん」の描写なんてなくても成立する話なんですけどね。そこをあえて、おでんです。SASAKIXは「おでん」を語るのが趣味なんです。我が家のおでんとか、地方独特のおでんとか、おでん話を聞かせてもらうのも大好き。いつでも「おでん話」は募集中です。ぜひ、「わがやのおでんはここが違う」なんて話をお聞かせください。
最近、静岡おでんには欠かせないと言う黒いはんぺんが、北海道でもスーパーで気軽に買えるようになりました!お魚の味が濃くて美味しいですね、あれ。関西のおでんには「はんぺん」が入って無いらしいですが、美味しいのになあ。あ、北海道のおでんには「ちくわぶ」が入っていないことが多い気がする。でも私は入れる。大好き。

…えーと、一応バレンタイン話です。多分。
こんな夢の無いVD話を書く人間も珍しいんじゃないだろうか。